ふんどしが日本の伝統を再定義する―自分「らしさ」の生き方

人の目なんて気にせずに、思いのままに自分を表現し、常識を超えていく。ふんどしを履くことで自分の殻を破り、人生をより豊かに楽しもう。ふんどし姿という見た目のインパクトとは裏腹に、そこには現代を生きる日本人に向けた真摯なメッセージが込められている。


日本の伝統的下着であるふんどしを世界に展開していくため、自らふんどしを履いてのPRから製造・販売・コンサルティングなど、ふんどしに関するあらゆる事業を手がける株式会社ふんどし部。直近では、パナソニックのオープンイノベーション施設「100BANCH」の支援プロジェクトにも採択された。ふんどし一丁で世界的カンファレンスTEDxUTokyoの舞台に立った経歴ももつ、代表取締役CEOの星野雄三が描く未来とは。



目次

1.ふんどし筋肉マン

  伝統の再定義

  ふんどし多角経営


2.自分らしく生きること

  凡庸な教育

  スーツとの出会い

  日本人らしさ


3.ふんどしでつくる世界

  日本人はクリエイティブだ

  日本だからこそ生まれるイノベーション


4.おわりに


ふんどし筋肉マン


伝統の再定義


赤と白のロゴが大きく配置された「TEDxUTokyo」の舞台。日本の未来を背負うイノベーターたちが一堂に会し、トークセッションを行う一大イベントだ。そんな晴れの舞台にふんどし一丁で現れたのは、後にも先にも彼一人だろう。期待を膨らませる数百人の聴衆を前にその男が語り出したのは、現代を生きる日本人に届けたい、大切なメッセージだった。


日本で古くから愛されてきた伝統的下着「ふんどし」を、世界に広げるべく事業を展開する株式会社ふんどし部。伝統と新しさを融合させたコンセプトをもって、「ふんどし」のある生活を再定義し、発信する。


その思い・取り組みは着実に社会に広がり、2016年『HUFFPOST日本版』へ掲載されたほか、2018年にパナソニックが創業100周年を迎えることを機に構想されたプロジェクト「100BANCH」にも採択された。(JR渋谷駅新南口に開設される同名の施設は、100年先の世界を豊かにするための実験区として開設されたオープンイノベーション施設である。)


代表取締役CEOであり、「ふんどし筋肉マン」を名乗る星野氏は、東京大学大学院にて筋生理学を学び、在学中からパーソナルトレーナーとして、アイドルや経営者、アーティストなど多数の生徒に教えていた。2015年、スーツの伝統文化を学ぶためにイタリアへ留学したのち、ファッション・下着という枠組みを超えた「ふんどし」の魅力・価値を広めるべく、2016年5月に株式会社ふんどし部を設立した。


「普通にありのままを見せているんですが、人には狂っているように見られるんですよね」


ふんどしを通じて星野氏が伝えようとする「自己表現の最大化」とは。


ふんどし多角経営



伝統文化の継承というと、その背景には、過去や歴史に対する深い敬意があるように思われる。しかし、どちらかというと未来志向であると、星野氏は語る。


「(取締役の)野田とも話すんですけど、僕たちが表現したいことって、伝統とかじゃないんですよ。伝統というよりは、古いものを使って、いまの新しい人間性をどう表現するか。古いものと新しいものをくっつけて何か起こしたい。そういう組み合わせのおもしろさに興奮しているだけなんです」


ふんどし部の事業は、単なるふんどしの製造・販売にとどまらず、ふんどしが似合う身体づくりのトレーニング事業「バディトレ」や、ふんどしPKO(ふんどし一丁で街中のさまざまな課題を解決していく平和維持活動及び、WEBメディア上での活動の情報発信)など、多岐に渡る。


「事の本質は、コミュニティづくりだと思っています。ふんどしを履いて自分の殻を破ることで、人生を豊かに楽しむことができること。そして、これを着ると『アがる』、『ワクワクする』、『気持ちが引き締まる』とか、単純に本来のファッションとしての機能も伝えたいです」


人は外側から変えられる。それは、10代から筋トレで自らの体をデザインしたり、大学院時代オーダースーツに魅了され、イタリアに留学した経験をもつ星野氏が、長い間抱いてきた思いだ。


「内面っていう抽象的なもの、実体がつかめないものを、自己啓発とかで変えるのもいいんですけど、どちらかというと外側から物理的に接触して変えることに重きを置いてるんです」


そもそもファッションには、自己を表現するという機能がある。表現するという機能だけをみれば、ふんどしもほかの衣服と変わらない。それだけでなく、下着という枠組みを超える新しい価値が付与された「ふんどし」だからこそ、実現できる未来があるのだ。


ヨーロッパへ進出し、「ふんどし」といえばふんどし部と言われる存在になる。そして、「ふんどし」というクリエイティブな伝統の存在をプロデュースし、日本と海外両方に認知させる。伝統産業再興の一つのモデルを打ち立てるとともに、それによって、日本と日本人の誇りを取り戻す。そんな社会を描いているのである。


新宿歌舞伎町で行われた「ふんどしゴミ拾い」の映像は、訪日外国人向けメディア『PLAYTOKYO』で大きな反響を呼んだ。https://youtu.be/qvo3y6ukCU4


自分らしく生きること


凡庸な教育


日頃からふんどし一丁で街を歩き、自分をさらけ出している星野氏。東京に生まれ、経営者の父、マイペースな母、年の離れた兄と姉という5人家族の末っ子として育てられた。幼少期は子どもながらにきっちりとした性格で、成績で一番を取ったり、部屋を整理したりするのが好きだったという。


「コンプレックスがあったのか、自己成長したい、純粋に人より優秀でありたいという欲求があって。結構数字にこだわっていたんですよね」


それは、自分に優越感を与えてくれるものだった。


「機械的に問題を解いて丸もらって、良いねって言われるのが好きだったんです。つまり、中学校くらいまでそういうわかりやすい成果主義に、ちゃんとレールに乗っていたんですよね」


しかし、都内トップの公立高校に入学すると、周囲のレベルも上がる。それまでのように自分で正しく努力しても、結果につながらず、満足を得ることができなくなってしまった。


そんなとき出会ったのが、筋トレだった。アメリカンフットボール部での怪我のリハビリをきっかけに、勉強からトレーニングにのめり込んでいく星野氏がいた。


「筋トレが好きになったのは、自分で結果を操作できるからなんですね。世の中の現象って、ビジネスや家族関係、スポーツや勝負事、何にせよ他人が関係してしまうじゃないですか。相手がいるから、結果が100%自分に依存することはない。じゃなくて筋トレって、自分がサイエンスに基づいて、どれだけ努力したらどんな結果が出るのかって、ある程度高いレベルまで明らかになるわけです」


筋肉が増えることの方が、成績を上げるよりも楽しい。自分の体を自分でデザインしていくことが喜びとなり、星野氏のなかで価値を置いていたものが変わりはじめた。


日本の勉強のように「答え」に対する間違いを減らし100点を目指すのではなく、筋トレをするように、自分に合わせた努力をして自分の思い描く体をつくる。個性やクリエイティビティを自分に足していき、自分本来の姿に近づくことが本質的な人間の追求である。人生は減点法ではなく、加点法なのだ。


振り返ってみると、小中高と公立の学校に通い、そこで「正しい」とされる価値観を詰め込まれる、いわゆる日本的な教育を受けてきた。しかし、学校や世の中が「正しい」と決めた順位づけや、価値観に意義があるだろうか。そこに、人間の本質があるようには思えなかった。


「凡庸な人間を生むための教育を受けてきたなと思ったんです」


だからこそ、自分らしさを追求する道へ進む意思が星野氏のなかで生まれた。



スーツとの出会い


個性やクリエイティビティ、自分が自分としてあることを重視するようになった星野氏は、大学に入学してから、意図的に金銭感覚を狂わせたり、『普通の人はこうする』という行動基準を外すようになった。


「男4人で肉パーティとか開催して、肉食って、ステーキ食って、デザートにハンバーガー、二次会でまたステーキ食うみたいな。逆に糖質パーティだと、ピエールエルメ行って端から端までスイーツ食べるっていう謎のイベントをやったり。糖質摂り過ぎて明らかに頭おかしくなるんですけど。酔うっていうか、血糖値がバンバン上がるからフラフラして(笑)」


普通の人だったら、日本で生きてきたら、こう思うだろう。そんな予想を裏切る行動がつくるギャップを、楽しむようになった。


「周りの結果を出している人が皆頭おかしいやつしかいないんじゃないかなって感じたんです。そういう人たちって自ずと結果出すし、結果を出すだろう、って思われるんですよね。たとえペテンでもそう思われることに意味はあるし、実際に現実が動いてくる」


いろいろなアプローチから自分を表現する方法を模索していた星野氏。同時に、もともと好きだったトレーニングを通じて、人間に興味をもちはじめた。


医療系の大学から東京大学の大学院に進み、筋生理学の研究へ。いかにして人間の本質や健康に近づけるか。その関心は、健康から筋肉へとフォーカスされていった。毎日バナナを食べ、プロテインを飲み、筋トレをする。趣味と研究が高じて、学業の傍らフリーでトレーナーとして活躍するほどだった。


体に筋肉がついていくと、サイズが合う服がなくなっていった。服を探すのは億劫で、洋服には興味がなかった。そんななか、トレーナーとして活動していたあるとき、お客さんがオーダースーツの存在を教えてくれた。それぞれの体に合った洋服を作ることができるからこそ、自分だけの魅力を表現できる。そう教えてもらえたことで、新たな自己表現のあり方に気づいた。


「自分だからこそ、この身体だからこそ、表現できるファッションがある」


それまで面倒としか思っていなかったファッションの世界。しかし、それによって表現できる自分があった。


さらに、スーツを着ることで自分の心まで変わっていった。おしゃれをすると、人前で話すことも楽しくなる。こだわりに比例して時間と手間がかかるオーダースーツ。その裏側に存在する作り手の美学にすら、思いを馳せるような心持ちになっていた。


「外見から変えられる自分がある」


そんなことを気づかせてくれたオーダースーツに感銘を受けた星野氏は、スーツの本場・イタリアへ一年間留学することを決めた。


TEDxUTokyoにて。ふんどし姿からオーダースーツに着替え、外見から変えられる自己を表現。


日本人らしさ


スーツを学ぶために渡ったイタリアでは、予定していたインターンの話が急遽無くなり、仕方なくテーラー一人一人へ取材し、イタリアの世界観に触れた。


星野氏が参加した文部科学省の留学プログラムには、日本の文化を伝えるというミッションがあった。当時一緒にシェアハウスをしていた友人であり、現在のふんどし部取締役である野田氏がもともとふんどしを使っていたこともあり、星野氏もイタリアの地で、ふんどしで日本を伝えることにした。ふんどし姿でステーキを焼く「ふんどしクッキング」など、いろいろな企画を披露したのだ。


「イタリアでふんどしの文化とか説明すると、『それはちゃんと売るべきだよ』って言われて。『そういう日本人が価値に気づけていないことを、お前はやるべきだよ』と」


そこでの反応は、これまで日本で経験してきたものとは異なっていた。目の当たりにしたのは、「自分という人間として生きること」へのリスペクトだった。ふんどしだろうとなんだろうと、イタリアではきちんと個性が立っている人には、「ブラボー」という賞賛の声が返ってくる。「自分らしくあること・自分を表現すること」の価値を再度認識する。


「『自分らしさ』って言うけど、ほとんどの趣味嗜好って意外に環境・他人依存だったりする。周りの100人がワールドカップ好きって言ったら、ワールドカップ好きとか言いはじめたりするわけです。ある意味、機械のプログラミングみたいなもので、自分の意思を作るのってよほど外れ値を目指さないと個性が出ない」


日本では、一人一人の個人が決めたことではなく、世の中の誰かが決めた価値観が「正解」となる。それでも「自分らしさ」を語る日本の世の中である。ほとんどの人は自らの「選択」をせずに、機械的に決まった流れに乗っている。「選択」にはエネルギーがかかることを考えれば、当然のことなのかもしれない。


流れの中でみんなが信じたものを「自分らしさ」と呼ぶのは間違いである。「大きな流れ」に乗ることは決して人の本質ではない。一人一人が選択し、自分の意志を決め表現をしていく。それが本来の人の姿ではないだろうか。星野氏はイタリアで日本を思い、考えた。


「僕はたぶん日本が好きで、日本人らしさみたいなものを探求してるんですよね」


「自分らしさ」が加点法で評価され、「自分らしく」生きていくことのできる世の中にする。そのために、ふんどしというニッチな文化は、世界から一番「新しい」と思ってもらえるものであり、日本を世界に表現できる最高の手段だった。そして何より、外部に身に着けるものだからこそ、(スーツがそうであったように)自己表現を可能にし、外側から人を変えることができるものであった。


ふんどしの可能性を確信した星野氏は、帰国後にふんどしを扱うアパレル事業をスタートさせ、株式会社ふんどし部が設立された。


おしゃれなデザイン・パッケージで現代的にリブランディングされた「ふんどし」は、

オンラインストアで購入が可能。女性用も展開されている。


ふんどしでつくる世界


日本人はクリエイティブだ


ふんどし部はヨーロッパ進出をねらう。それは、星野氏が実際にヨーロッパに滞在するなかで感じ取った手応えと、フランスが日本好きであること。そして、物理的な距離が知識と理解の度合いの差になるという事実がある。


「要するに、ほとんど日本の情報を知らないわけですよ。侍とか武士はもはやネタですけど、メイド喫茶あたりになるともう魑魅魍魎としている。『日本の狂ったガジェット7選』とか見ると、耳掃除用の女性の太もも枕が流行っている、とかこんなアホみたいなものがあるんだみたいな。まぁ僕らが『LEON』(主婦と生活社)とか見て、イタリアにはちょい悪オヤジしかいないなって思うのと同じですよね。別にイタリア人は皆裸足に革靴履いているわけじゃないし、あんなにドレッシーなシャツばかり着ていない」


日本では一瞬で消えていくようなネタが、ヨーロッパではしばしば話題になっている。遠く離れた地では本来の姿と、解釈されている姿が一致しなくなるのである。


「理解が一致していない。だったらこっちが新しい意味を復活させた方がいいかなって。僕もSNSとかでふんどしをヨーロッパの人に突っ込まれると、言ってるんです。『いやいや、最近の若者の10%は、渋谷のスクランブル交差点をこの格好で歩いているよ』って。まぁ1秒でバレるのですけど」


ふんどしという伝統にユーモアを融合させることで、海外では「日本の昔の衣服」という認識すらなかったふんどしに、新しい意味を加えることに成功する。真実に嘘を混ぜるとわからなくなるが、すぐにわかってしまうような嘘をつくことで、笑いつつもちゃんとふんどしには興味を持ってくれる。ヨーロッパ人はそういったユーモアを歓迎してくれる。


「お前はほんとに馬鹿だなって。狂った日本人だなって言われます。日本人って日本にいると、『出る杭は打たれる』んですけど、海外ではそれは歓迎されるんですよね」


日本人が価値を見出していないようなことも、海外では賞賛される。海外から見た「ふんどし」は、まさにクレイジーで、かけがえのない素晴らしい文化なのだ。だからこそ、ふんどしを使ってクレイジーに見せて、日本のありのままの姿を発信し、遠く離れた土地の理解を一致させる。


狂っている。その声こそ、星野氏が「ありのまま」で存在できていることの証明であり、「日本らしさ」を世界に示す証明なのだ。



日本だからこそ生まれるイノベーション


星野氏が発信すべく考える日本人のあるがままの姿とはどのようなものなのであろうか。


モノ自体の良さを認識せず、ただ馬鹿にしたり、反発している人もいる。当然、物事には良い面も悪い面もあるが、それを踏まえた上できちんと言いたいことは言いつつ、調和を目指す。日本の良さは「調和」にあるのだと、星野氏は語る。


「物事に反対、批判するだけって、クリエイティブじゃないですよね。民族として調和ができる点、僕は日本人は結構クリエイティブだって言いたい人なんですよ」


単純な物事の反対は創造的ではない。二項対立で争うという概念よりも、調和してより良いものを生み出すという日本の世界観は、もっと世界に拡げるべきだと考えた。


「非連続的な組み合わせを行うことって、比較的日本人は得意なんじゃないかなって思って。発想外、想定外のアイデアを出すスキルを僕は伸ばしたいと思っています。いまふんどし一丁で教育事業もやってますが、そういうところはすごい意識している」


確かに世界を動かすようなイノベーションは、アメリカの方が多く生まれている。しかし、日本の「調和」の発想によって生み出される「かゆいところに手が届く、人間のニッチな本質的欲求に迫る発想」は負けていないのではないか。


海外から見えている日本の姿が「クレイジー」でありつつ、(ふんどしで言えばゴムで締め付けないから健康的になれる機能面があるように)機能をも、もたらす場合もあることをみると、それは間違いのない事実なのであろう。日本人は創造的なのである。


ふんどしで全世界は変えられないし、服の文化をすべて変えることまではできない。しかし、一部のコミュニティに大ファンができるようなものであればいい。たとえば、日本では着ていないけれど、海外のアーティストが着ている。それが日本に逆輸入されていく。そうやって、日本の伝統と新しさを掛け合わせた存在が、世界に発信され、未来まで愛されつづけていくことに意味があるのだろう。


ふんどしによって自己表現が最大化され、人々の内面を変えていく。それは「あるがまま」の姿を現すアイコンとなり、一人一人がそれぞれの表現を手にする社会が生まれる。




おわりに


表面を作る者を世人は偽善者という。偽善者でも何でもよい。表面を作るという事は内部を改良する一種の方法である。
―夏目漱石


日本語には「形から入る」という言葉がある。人が何かをはじめるときに、その物事の行為よりも先に先人達の「形式」を真似する。それを「形から入る」と表現してきた。装備を先に揃え、素人であっても表面上では玄人と同じような見た目にする行為である。


ただそれは、批判的な言説において多く使われてきた言葉であるように思える。そのものの本質的な行為・力に至らないことを危惧してか、表面上をつくることに対し、人はときに批判をあびせてきた。表面上を取り繕ってどうするんだ。と。


しかし、その批判は整理してみると、その人の「表面上の力」とその人の「本質的行為の力」のアンビバレントな状態に対する不満から生まれたものであり、その人が表面上・形式を得たことで起こる内面への効果をつぶさに観察したものでないように思える。形式への負の感情から、形式が人の内面に及ぼす効果まで一蹴してしまっている可能性はある。形式が悪だという印象は間違っていたのかもしれない。


スポーツにせよ、音楽にせよ、なんにせよ、装備を整えて何かをはじめるときには、「テンションがあがる」のは私たちの内面に起こる効果として事実なのである。形式を整えることで、少なからずその人の心に影響を与えている。外面は人の内面に影響を与えているのだ。


それは社会という単位でも起きているようだ。人の外見がその人に与える影響についての研究*によると、容姿・外見がよいと、交際人数などに変化があり、自信をもち、とりわけ男性は幸福となる傾向にあるという。また、外見が与える影響はそれだけでなく、容姿がよいと、役職につきやすく、男性に至っては所得が増える傾向があるという。


外面はそれぞれの人の内面変化を起こし、幸福のみならず、経済的豊かさを得ることをも可能にするのだ。


星野氏はふんどしにより、人々のあるがままを外部へ表現する力を与え、それぞれの内面を変えていく。それは社会への影響力をもち、人が自分らしく生きていく世界を実現していく。



*参考

容姿と社会的不平等─キャリア形成、家族形成、心理にどう影響するのか─/小林盾、谷本奈穂

http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/760/1/bungaku-51_99-113.pdf




株式会社ふんどし部 星野雄三

代表取締役CEO

1988年、東京都生まれ。研究対象は、健康行動・筋生理学。2015年スーツの伝統文化を学ぶためにイタリア留学。2016年5月株式会社ふんどし部設立。ふんどしの製造・販売を世界に行うべく、ふんどし一丁の男「ふんどしマン」を用いて、プロモーションを行う。

http://fundoshibu.com/