Focus On 馬場勝寛

私のきっかけ ―『絶対負けない!』エイジアエンジニア

社会に思いをもって行動するイノベーターたちは、その半生の中でどのような作品(書籍・音楽・映像など)と出会い、心動かされてきたのでしょうか。本シリーズでは、社会に向かって生きる方々にお話を伺い、それぞれの人生の“きっかけ”となった作品をご紹介していきます。


▼作品をご紹介いただいたイノベーター▼

株式会社Innovation IFA Consulting 馬場勝寛

代表取締役社長

1990年生まれ。茨城県出身。2013年筑波大学体育専門学群卒業。2013年野村證券株式会社入社。静岡支店にて中堅企業とそのオーナー様を担当し、その後、本社人材開発部付きで、海外修練4期生として中国の北京へ渡航。帰国後は、超富裕層含む延べ1000人の資産管理に携わった後、2018年にIFAとして独立。2019年2月、株式会社Horse IFA Partners(現株式会社Innovation IFA Consulting)を創業し、現在に至る。趣味はサッカーで、高校時代にはインターハイで全国制覇。個人では大会優秀選手に選出される。

https://innovation-ifa.co.jp/



     人生のきっかけ    
 北京五輪応援曲『絶対負けない!』エイジアエンジニア

 こんな人に聞いてほしい 
 商談やスポーツなど勝負事を前にする人

 こんな風に聞いてほしい 
 自分を鼓舞するために

ビジネスマンも受験生も。何かを頑張っている全ての人に、負けられない闘いは訪れる。多くの一流アスリートがジンクスを大切にするように、試合前の過ごし方は勝負の行く末を左右するものだ。2008年北京五輪の応援ソングとして丸大食品のCMに起用されたその曲は、日本女子ソフトボールチームや谷亮子選手、浜口京子選手など、キャンペーンに関わった全ての選手に金メダルをもたらした。楽曲を書き下ろしたエイジアエンジニアは、「音楽で人を応援したい」という思いを持った4人組ヒップホップグループだ(8年の活動休止を経て、2020年1月には活動再開を宣言した)。
高校時代、サッカーの名門流通経済大学付属柏高校に所属していた馬場氏。入学当初は部内最下位のチームであったが、高校生活最後のインターハイではスタメンとして見事全国優勝をその手に掴んだ。馬場氏にとってこの曲は、日々の練習前や試合前に何より勇気を与えてくれるものだった。




作品の紹介

―きっかけとなった作品はありますか?―


高校時代に聞いていた曲があって。ちょっと古いんですけど、エイジアエンジニアの『絶対負けない!』っていう曲があるんですよ。ヒップホップ系の人たちで。


自分を鼓舞する意味で、これはよく聞いていましたね。強い気持ちを持つとかチームで一緒に頑張る感じとか、要は歌詞がこの曲名の通りで、絶対負けないと。勝負事とか、サッカーをやっていたときに、ぴったりだったんです。



人生の思考の変化

―その作品との出会いは?―


聞いたきっかけは、たぶん当時の音楽ランキング何位かに入っていたんだと思います。高校時代それなりに流行っていたのかな。そのなかの曲って感じですね。エイジアエンジニアは、たぶんもっと有名な曲があると思うんですけど……。『Orion』とか『一人のメリークリスマス』とか。あと、同じアーティストの『上のほうへ』っていう曲も聞いていましたね。


負けられない闘いとか勝負事のとき。ロッカールームとかでこれを聞いて。試合前ルーティン的なやつですね。肉体面は準備しているので、精神面だと思います。そのために音楽聞いて、一人の世界に入って準備するっていう感じですかね。歌詞に鼓舞されるのと、普段から聞いているから、いつも通りの精神状態を保つ。その2つだと思います。「やるぞ」って感じじゃないですか。やっぱり強い相手と闘うので、気持ちの面をもっていかないと。


サッカーの試合前日は不安の方が大きかったです。直前まで練習して疲れているので、眠れはするんですけど。だから、朝起きて学校向かう時、電車を降りてから自転車で学校に行くあいだとかにもよく聞いていました。


当時ほかに聞いていた音楽も、基本的には勝負に勝つとか鼓舞する系で。そのなかで唯一覚えているのがこれですね。曲名と歌詞が一番試合前に合っていたからじゃないですかね。一番自分の求めている歌詞に近かったというか。




作品が影響を与えた行動

―その作品から何を得ましたか?―


勝負事に対するジンクスとかルーティンで言うと、その時ごとにあって。新卒で野村證券に入ってからは、ネクタイとか靴とか、そういう部分がそうだと思っていて。靴を磨くとか勝負ネクタイをつけるとか、そういう当たり前のことを大切にしていました。


まず、靴。靴磨きは普通にやるだけです。


それでも忙しいと、そんなに磨かない人も世間では多くて。足元見られるじゃないですけど、そういうところは絶対見られるので欠かさないようにしています。


ネクタイは、勝負の時は赤にしてました。野村證券のコーポレートカラーが赤なのと、証券マンは赤というイメージがあるので。


最初に着けていたブランドは、たぶんdunhill(ダンヒル)だったと思います。当時野村證券に入社した時から今でもお世話になっている上司がいて、彼が全身dunhillだったので、その真似をしたって感じですね。やっぱり何をするにも出来る人の真似をするのが一番早くて、服装もそうだと思っていました。


当たり前のことを大切にする。出来る人は真似する。特別なことはありません。




▼馬場勝寛の生き方がここに
『勝ちに燃える三本足烏の闊歩 ― 第四の金融機関/IFAを日本に』