目次

合理的かつヘルシーなM&Aの舞台裏 / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談(中編)

熊本の大地で育まれたみずみずしい柑橘と、やさしい黒糖の風味。加えて、コーラナッツやナツメグをはじめとする世界中のスパイスが香りを引き立て、調和する――。自宅にいながら熊本原産の素材のゆたかな味わいを楽しめる完全無添加「熊本クラフトコーラ」は、日本初のご当地コーラとして2019年に誕生した。発売約1年3か月で初期ロットを完売するなど、多くのファンに愛される逸品だ。


発起人である椿原ばっきーは、熊本を拠点にPR・フリーランス・スタートアップ役員として活躍する傍ら、個人で事業を始動。企画から約2か月という短期間で開発まで辿り着いたのち、2021年に原料の発注先だった果物農家ハナウタカジツへとブランドを事業譲渡した。


Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZENが送る連載「ソーシャルM&Aという人生戦略」。第3弾インタビューとなる今回は、0→1を体現しつつ理想的な着地を見出し、ブランドを残すことに成功した椿原の活動履歴に迫る。(聞き手:GOZEN代表 布田尚大)



Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZEN共同企画「ソーシャルM&Aという人生戦略」では、社会課題解決を目指すソーシャルビジネスや、クリエイター発の美意識あふれるスモールビジネスの領域において、M&Aによって事業、そしてライフキャリアの可能性を拡張させてきたアントレプレナーたちの生き方や意思決定に迫ります。




▼前編

「熊本クラフトコーラ」で描いたキャリア戦略 / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談

▼中編本記事)

合理的かつヘルシーなM&Aの舞台裏 / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談

後編

ローカルとクリエイターの理想的なエコシステムとは? / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談



ブランドの進退を意識するタイミング


布田:事業譲渡やブランドのクローズ、あるいは別の方に譲るとか、そういったことを初めて意識するタイミングっていつ頃だったんですか?


椿原:それで言うと、2ロット目を作る時かな。在庫が切れてきて、次のロットを作るかどうかを意識しはじめたタイミングですね


布田熊本で事業をされていて、勝手ながら周りにM&Aや事業譲渡をされた方って正直あまりいないのではないかなと思っているのですが、どう解像度を上げていかれたんですか?


椿原:周りには本当にいなくて。ただ、私はスタートアップの界隈にいるので、やっぱりM&Aとか事業売却の事例は一定数あったんですよね。だけど実態を調べていく際に、正直ECとかブランドの譲渡の例はあまりなかったので、YouTubeとかでM&Aに関する事例動画などは結構見ました。それが参考になったかどうかは分からないですが、少なくともこういうトラブルが起こるんだとか、アンチパターンのようなものはインプットしたかなと思います。



原価、物流、価値全ての最適解となるM&Aだった


布田:今回M&Aマッチングサイトに登録したり、後任の方を探してくるでもなく、さまざまな選択肢のなかからハナウタカジツさんに事業譲渡する形となったのは、どんな経緯だったんですか?


椿原:実際問題、ハナウタカジツさん以外の選択肢はないなと思った背景はあります。まず、事業としての収支面で3つの理由があって。


1つは製造コストのことで、今回製造した商品の材料は基本ハナウタカジツさんだったり、熊本のほかの製造業者さんから買ったり、あとスパイスとかはコラボさせていただいた「ともコーラ」さんに手配をしてもらったんです。


かつ製造はOEMで関西の工場で作ってもらっていて、正直そこに関してはクラフトコーラを製造できる工場がほかになかったので、そもそもコスト構造を変更できる余地があまりなかった。かつ正直相場を分かっていなかったことと、開発コストとかそんなことを見積もっていなかった分、上代を少し安めにしてしまった。となると、もう正直、原価率が高すぎてあまり利益が出る構造ではなかったんです。それが、ハナウタカジツに譲渡すればどうにかなるということが途中で見えてきて。


理由は、私たちはあくまでハナウタカジツさんから柑橘を購入して作っていたのですが、これって別に売り物になる柑橘じゃなくても作ることができる。要は、青い状態とか皮付きなので傷が入っていてもいい、あるいは摘果*でもいいということにあとから気づいたんです。売り物にならないものを使えるということが分かったから、そうなるとハナウタカジツさんは自分たちでクラフトコーラを製造するとなれば調達が簡単だなと思ったんですよ(*果実がなり過ぎると株が弱るため、品質の高い果実を収穫するため小さいうちに間引かれたもの)


原価の問題がどうにかならないと、そもそもビジネスとして収益が回らないし、譲渡したところでその人たちにメリットもないし、継続されるものではないということを、まず1つ考えていました。


ハナウタカジツ 生産者の片山氏


2つ目は配送の問題で、まず私はただのフリーランスなので配送業者との取引はしていなくて。いろいろやっていくなかで学んだのですが、きちんと一定のロットを定期的に配送できるところは法人契約をして、手間代を下げてもらったり、集荷に来てもらうことができるようになる。


私たちは配送ミスもあったし手間やコストもかかっていたけれど、ハナウタカジツさんはそもそも果物を物流に流しているので、そこに知見もあるし、社内に配送できる人もいると。なので、ロジスティックスの部分はもう盤石だった。


最後に、お客さんへの提供価値を上げるというところで。たとえば、初期の頃はワインとか瓶用の段ボールにボトルを入れて、あとは新聞紙を詰めるだけでした。でも、ここからもう少しブランドとしての価値を高めることも重要だということが途中から見えてきて。


たとえば、店舗や小売店にどれだけ卸せるかという話で、初回に棚に入れてもらったあと継続的に入れてもらうために、チラシなどの販促物が必要なのですが、それにコストを投入できる利益がなかったんです。じゃあ、値段を上げて販促物にコストをかけるのかと考えると、たとえば3,300円で売ってるものを急に4,000円くらいにしないと割に合わない、それは無理だよなと。ハナウタカジツさんは、ボトルと一緒に自分たちの柑橘をパッケージしてお送りすることも既にやられていたので、この点もやりようがある。


原価の話、物流の話、価値の話。この3点を考えると、正直ハナウタカジツさん以外は考えられないなという感じでした。



M&A提案は、立ち話の空気感で


布田:ハナウタカジツさんに話した時に、すっと受け入れられたのか、あるいは『え、M&A?』みたいな感じだったのか、反応はどうでしたか?


椿原:かなり自然に受け入れていただきました。というのも、ハナウタカジツさん的にもメリットが明確に2つあって。


1つが、要は果物って季節の商品なので、ハナウタカジツさんは時期をずらしながら何種類か栽培されているのですが、通年で何か売れるものがあるということはすごく意味があると言われて。自分たちの商品がない時期に出店依頼などされた場合、機会損失が生まれてしまう。たとえば、ミカンジュースを作っておくとかもできなくないけれど、差別化も難しい時代なので、クラフトコーラという独自のブランドがあるっていうのはいいよねと言ってもらいました。


あとは、これまでと別の客層にリーチできるということですね。この2点を結構メリットとして感じていただいて。かつ、さっきお話した原価や物流、価値の部分に関しても現実的だなという風に思っていただけました。



布田:初めてM&Aの話をした時は、たとえば改めてしっかり時間くださいという感じだったのか、それとも飲みながら少し話したらいいねという感じになったのか、どんなトーンで進んでいったんですか?


椿原:次のロットの製造を考えているという話の流れで、完全に譲渡するか、何かこう座組みを考えるとか変えるかみたいな話の流れだった気がします。収支を折半するとか、その辺も一緒にうまいことできませんかねって。それで事業をお渡しする形でいいんじゃないかという話になりました。


でも、ここまでも立ち話ぐらいで、おそらく数分とかで決まったレベルです。私からの提案の仕方としてはM&Aという言葉は使っていなくて、「良かったら事業引き継がれませんか」というお話をしました。


布田:今は現実的に事業も引き継がれていて、少なくとも現状では大きなトラブルも全く起きておらずということなので、すごくヘルシーな、かつやっぱりレアなM&Aだなという風に聞いておりました。(後編へ続く)


 POINT 
・ ブランド譲渡後の収益性と継続性を前提に考える
・ あえて「M&A」という言葉は使わずに目線を合わせる



2023.11.10

取材・布田尚大/ソーシャルM&A®️ファーム GOZEN

文・Focus On編集部




▼前編

「熊本クラフトコーラ」で描いたキャリア戦略 / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談

▼中編(本記事)

合理的かつヘルシーなM&Aの舞台裏 / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談

後編

ローカルとクリエイターの理想的なエコシステムとは? / 椿原ばっきー×GOZEN布田対談




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