Focus On LEE KUNWOO(イ・ゴヌ)

個の力が主導するクリエイターエコノミーの時代へ ー 世界は広く、もっと彩り豊かになる


新たな世界を知るほどに、あなたの生み出す世界も広がっていく。


フルタイム(本業)で活躍するクリエイターを増やすべく、新しいコンテンツ流通インフラを構築するLITEVIEW株式会社。同社の自社型配信プラットフォームサービス「LITEVIEW(ライトビュー)」では、オリジナルのWebサイト・配信アプリを低コストかつノーコードで開設・運営できるほか、ビジネスに必要な機能が全て揃う。良質なコンテンツが世界を豊かにするという信念を掲げる同社には、Exit経験者や大学研究者、大手IT企業出身者からスタートアップ経験者、英語・中国語・韓国語・日本語を流暢に扱う者まで、国内外を問わず多様なメンバーが集まっている。


代表取締役のLEE KUNWOO(イ・ゴヌ)は、Samsung Electronics(サムスン電子)にてエンジニアとしてキャリアをスタートさせたのち、欧州・日本にある同社海外法人へと渡りながら人事やマーケター、リサーチャー業務に従事。その後、東京工業大学大学院修士課程を経て、2015年にLITEVIEW株式会社(旧 Pulit株式会社)を創業した。同氏が語る「世界を広げる生き方」とは。





1章 LITEVIEW


1-1. “フルタイムクリエイター”を増やす


地球の裏側にいる人の暮らしを豊かにしているものは何だろう。年齢も性別も仕事も違う誰かの休日は、どんな時間が流れているのだろう。たとえばそんな疑問や好奇心に応えてくれるコンテンツが、インターネットという空間に無数に存在する時代になった。


知らない街の知らない誰かのありふれた日常が、ブログやVlogというコンテンツとして学びや価値になることがあるように、今や個人クリエイターの創造性が世界をより彩り豊かに変えている。


だからこそ、個人が今よりもっと活躍できるようなプラットフォームが必要ではないかとLEEは考える。


「ちょっと自分も配信活動してみようかなと思った人がいたとして、YouTubeやInstagram、TikTokなどを始めて5万円10万円稼げたとしても、収益としてそこからもう一歩先には行けないケースが多いんです」


YouTubeなどの主要なプラットフォームは、フォロワー獲得やブランディングなど「知ってもらう」用途には向いている。しかし、クリエイターへのリターンが少なく、十分に生活をしていけるほど「稼ぐ」には非常に難易度が高いという現状がある。


それに対するセカンドウェイブとして、収益化に適したさまざまなサービスが誕生してきた。


「クラウドファンディングやオンラインサロン系サービスなどは国内外にたくさんあるのですが、クラファンやるにはこれ、ECやるにはこれ、コミュニティやるにはこれと専門性が高い分、自由度が低い。今の時代の流れとしてアプリがあった方がコアファンを繋ぎ止めやすいなど、さまざまな問題を解決する自分だけのプラットフォームが必要な時代になっているんです」


LITEVIEW(ライトビュー)」は、コンテンツ販売プラットフォームのサードウェイブ形態として、クリエイターが抱える問題を解決する。オリジナルのWebサイトと配信アプリを誰でも簡単にノーコードですぐに開設できるほか、そこでは動画やライブ配信、ブログ、音声配信、オンラインサロンのような定額課金、物販、クラファンまで自由自在にビジネスモデルを構築できるという。


さらに、初期費用や販売手数料は0円で、月々必要な料金はどれだけ売上が増えても定額のシステム利用料のみという明瞭な価格設定となっている。


技術的にも運営コスト的にも、これまで一部のトップクリエイターしか実現できなかった自分だけの配信プラットフォームを、「LITEVIEW」1つで完結できるようになる。実際、サービス公開から約半年(2022年12月時点)で、既にユーザー数は1万人を突破している。


「2007年にYouTubeが日本でサービスを開始しはじめた時に、いわゆる個人放送局という新しい文化を広めたじゃないですか。『LITEVIEW』も同じように新しい文化を作っていきたいと考えていて、フルタイムクリエイターとして自立するためには配信プラットフォーム『LITEVIEW』1本でいいんだと。その新しい文化を日本、そして海外へ広げていきたいと思っています」


LITEVIEWがサービスを届ける対象は、動画制作者やブロガーなどのいわゆる狭義のクリエイターにとどまらない。コンテンツ(商品)を生み出し、世の中に発信・販売する全ての人のためにある。実際の利用事例としては、学生向けオンライン就活支援サービスや子育て中の母親向けのオンラインスクール、地方の特産品を紹介・販売するライブコマース、K-POPグループやお笑い芸人のファンクラブなど多岐にわたる。


これまでは本業のかたわら副業的に活動するしか選択肢がなかったかもしれないが、自分専用のプラットフォームがあることで熱狂的なコアファンと経済的自立を同時に獲得できる。そんなストーリーが生まれれば生まれるほどに、決してそれは夢のような話ではなくなっていくだろう。


能力や才能のある人が広い世界へと羽ばたき、もっと活躍できる社会を構築するために、LITEVIEWは現代のクリエイターエコノミーにおける唯一無二の最適解となる。





2章 生き方


2-1. 世界は広い


波打ち寄せる岩場や海水浴場で遊ぶなら、家から近い海岸がある。朝鮮半島の南端部に位置する故郷は、人口20万人ほどの田舎町だった。


少し北上していけば、韓国第2の都市として観光客にも人気の釜山(プサン)がある。特筆すべきは何より美しく雄大な自然環境で、日本でいう北海道は知床半島のような山々と海に囲まれながら育った。幼い頃は、ソウルのような都会に憧れるごく普通の少年だったとLEE(イ)は語る。


「本当に地味な人生なんですが、私の両親は2人とも教師だったんです。そういう影響もあって周囲も教師の方が多く、幼い頃から韓国特有の受験を意識させられる環境で、結構勉強した記憶があります」


最も重要な関門といえば大学受験だが、受験のプロセスは小学校から始まっている。都会では放課後いくつも塾をはしごするのが一般的だが、田舎には塾がないので学校の先生が面倒を見てくれる。朝は8時半くらいから夜は22時23時まで学校にこもり、いつも友だちと机を並べていた。


今思えばなかなか過酷な生活ではあるが、友だちと一緒に長い時間を過ごすため悪い記憶ばかりでもないという。


「面白い話なのですが、韓国では塾に通わないと友だちができないんですよ。みんな塾に通って勉強しているので。そういう環境では友だちとずっと一緒なので、つらい思い出だけではなかったです。みんなで勉強の合間にコンビニでカップラーメンを買って食べたり。『PCバン*』というパソコンがいっぱい並んでいるお店があって、そこでみんなで集まってゲームしたりとか、そんな思い出がありますね(*有料でパソコンを使用できる施設。高速回線を完備していてPCゲームや映画を見たりするために利用される)


部活動はあまり盛んではなく、テレビなど娯楽を楽しむ時間も制限される。受験戦争を勝ち上がり、良い大学に行けば何もかも幸せな生活が待っている。そう大人が語る言葉を信じていたからこそ、好きではなくても勉強に励んだ。


そこに大きな夢があるとまでは正直思わなかったが、ほかに選択肢がないので環境に従っていた。一方で、全く別の方向から未来に可能性を感じさせてくれる光が差し込みつつあった。


「1998年くらいから急速にインターネットが広がりはじめたんです。韓国って土地が狭いので、国が積極的に普及を推進した時期で。携帯電話が広まったのもちょうど高校時代でした。今のようにきれいなWebサイトとかそういうものはなかったのですが、海外のコンテンツや情報と出会えたことで影響はかなり受けたと思います」


幼少期


はじめは友だちに教えてもらったことがきっかけだった。日本の音楽やドラマ、映画などのコンテンツはどれも刺激に満ちていた。


「好きだったのはL'Arc〜en〜Cielとか、J-POP。韓国でも結構流行っていたんです。映画は『Love Letter』という作品がいまだに記憶に残っています。当時はK-POPのアイドル文化も生まれはじめたばかりで、テレビや映画も制作体制が整っていませんでした。日本や米国を韓国の業界がベンチマークしている頃で、クオリティの差を感じていましたね。私の世代は影響を受けた方が多いと思います」


なんとか勉強の合間を見つけては、パソコンを開き日本をはじめとする世界のコンテンツを夢中で漁る。果てなく広がるインターネットの特性も相まって、そこには無限の可能性と感動があるように感じられていた。


「世界は広いんだなぁと思いました。夢を描けるような環境ではなかったので、漠然と地元は狭いなと感じて。その頃から、とにかく海外に行きたいという意識が常にありました」


安定志向の両親は、きっと教師など就職が確実な専門職に就いてほしいと願っていたに違いない。子どもには高い期待を寄せることが、当時は今より顕著な韓国文化でもあった。しかし、心はすでに広い世界やITといった真新しく刺激的な領域へと向いていた。


志望する大学や専攻などの進路選択に関しては、思春期らしい反抗心が沸き上がり、たびたび両親と衝突もした。


「とにかく思春期だったので(笑)。でも、その当時から結構ビジネス的なマインドというか、結構親と交渉していましたね。日本でいう旧センター試験のような試験でこれぐらいの点数を取れたら、そのあとは自由にさせてくださいとか。親も親で大学の学費は払うので、スタートアップではなくとにかく企業に就職してくださいとか。最終的には大学以降は自由にさせてもらいました。それでも、高校以前は本当に恵まれた環境で勉強させてもらったなと感謝しています」


両親の支援には感謝しているが、何と言われようと心は決まっている。デジタルを介して知る世界だけでなく、本物の世界の広がりをこの目で見たり聞いたりしてみたい。その先何があるのかは分からなかったが、とにかく思いは今にも走り出しそうだった。


「ほかの起業家さんと比べたら夢がなかった子ども時代かもしれません。ただ1つだけ、広い世界を見たいという気持ちはありました。都会に行きたいとか、海外に行きたいとか、そういう希望は強かったですね」


インターネットとそこにあふれるコンテンツが教えてくれた広い世界。人生を変えるほどの影響と豊かさがそこにはあったのだろう。抑圧された環境で過ごしてきた反動か、何より強い憧れと好奇心に突き動かされるように、自由を得た大学以降を生きていくことになる。




2-2. プログラミングスキルを携えて


ネット環境のインフラ整備が進むとともに、韓国社会は空前のベンチャーブームともいわれる時代に突入しつつあった。これまでにないビジネスモデル、スピード、成長曲線を描く新興IT企業が少しずつ市場を席巻しはじめる。


大学生となり念願のソウルへ向かう頃には、IT業界はめざましい拡大の兆しを見せていた。


「IT系のユニコーン企業が少しずつ出はじめた時期だったので、コンピュータサイエンス、コンピュータエンジニアリングなど情報系を専攻することにしました。やっぱり当時はみんな情報系に行っていましたし、社会の雰囲気的にもこれからはITビジネスだという空気感があったので、『ここなら』という確信を持って」


都会に行きたい、エンジニアになりたい、ビジネスの世界に触れてみたい。歴史ある荘厳な大学の建物は、気持ちをさらに高揚させてくれる。何よりキャンパスは憧れのソウル市内にあり、最先端の刺激のなかに身を投じられる感覚があった。


将来はIT系のユニコーン企業に何らかの形で関われたらという思いがあったので、入学後は早速働ける環境を探すことにした。


「とにかくビジネスをやらなければと思って。もちろん授業も受けていましたが、社会経験がほしくていろいろなアルバイトに力を入れていました。プログラミングの仕事など、当時はスマホがなかったのでWebページ制作が多かったですね」


のちに自分がスタートアップ企業の代表を務めたりすることになるなんて思いもしなかった。当時はただ、スーパーエンジニアやカリスマ的なリーダーの働く姿を間近で見て、少しでもそこから学んだり経験したいという一心だった。


「プログラミングは0ベースからだったんですが、自分の性格と合うなと感じました。モノづくりが好きだなと思っていて。ITはほかのビジネスと違って、大きな初期投資がなくてもモノを作ってすぐにサービス化ができる点で魅力的だと思いました」


寝食も忘れてパソコンの画面に向かっているうちに、太陽が沈んでまた昇っている。日に14時間ほどプログラミングに没頭する生活が1年ほど続いたあとは、気づけばエンジニアとして働く自分にも自信を持てるようになっていた。


「いろいろな活動をしてスキルを高めて、大学1年生が終わる頃には、おそらく社会人2、3年目の経験を重ねたエンジニアぐらいのレベルにまでは至っていたと思います。スーパーエンジニアとまではいかなかったのですが、一定のスキルセットは身につけることができました」


周りの友人で大学1年目から企業のインターン生として働く人はあまりいない。ベンチャーやスタートアップ企業に身を投じる選択が、今よりはまだめずらしい時代だった。


「今の韓国だと普通に大学を卒業して普通に企業に就職したら、言い方は悪いかもしれませんが平凡な感じなんです。努力している方々はYouTuberのようにクリエイターになったり、大学を途中で辞めて起業したり、あるいはK-POPアイドルになったりとか。そういったものがいわゆるイケてる方の人生で。韓国は変化が激しい社会なので、時代は変わったなぁと思っています」


1997年と2008年に起きた金融経済危機、そこから復興すべく政策的にも後押しされたIT業界やベンチャー・スタートアップ企業。激しい変化の時代を生きた世代だからこそ、プログラミングというたしかなスキルを磨くことには大きな意味があった。


可能性広がるビジネスの世界へと飛び出し、生き抜いていく。パソコン1つで社会と繋がることのできる力は、たしかな道しるべとなってくれる予感がしていた。




2-3. ビジネスは世界中どこでもできる


もちろん大学生になったからには、念願の海外にも行ってみたいと考えていた。しかし、韓国では兵役義務の終了前に海外へ渡るとなると、なかなか煩雑な手続きが必要になる。そのため、できるだけ早く行けるよう準備は計画的に進めていた。


「今はないんですが、国が指定した企業で一定の条件下で働くと、兵役を済ませてくれる特例制度があったんです。海外志向だったので、大学2年生からそういったプログラムの準備を始めて。指定された仕事しかできなかったりと結構厳しい規則があるんですが、プログラミングを続けられる環境だったのでとにかくそこを目指しました」


指定された企業では、国の機関や銀行系のバンキングシステムの設計開発などに携わり、大規模なプロジェクトの一員として働く経験を積み、スキルアップすることができた。


特例プログラムを終えた後は、かねてからの希望通り大学経由で海外留学に申し込む。漠然とだが英語圏で生活してみたいという思いのもと、1年ほどイギリス・ロンドンへと渡った。現地の大学で語学を学びながら、同時にヨーロッパ全土を旅して満喫する。それまでの数年間働いて稼いだお金が貯まっていたので、少しは贅沢できる旅となった。


街並みも文化も人の営みも、どれも新鮮な光景として目に映る。思っていた通り海外での生活は刺激に満ちていた。だが、ビジネスという側面においては旅に出る前の予想に反する見方も生まれていた。


「その1年は、過去何年間かのハードワーキングと受験勉強を補うような日々でした。一方で、海外に行けばもう少し新しい道が見えるかとも思っていたんですが、正直に言うとそうでもなく。楽しかったんですが、言語の壁だけ乗り越えれば、どこでも人が住む街は同じですし、どこでもビジネスができるんだなと感じました」


大学時代、留学中に旅したギリシャのパルテノン神殿の前で


1年間の貴重な経験を経て、韓国に帰国したあとは引き続きプログラミングに勤しんだ。


「戻ってきたのは大学3年後期だったんですが、偶然学校にサムスンのプログラムが掲示されているのを見つけたんです。インターンではないのですが、学生でありながらプロジェクトチームにアサインされて、結果によっては正規採用してもらえるという特殊なプログラムでした。私は常に経験を求める派だったので、応募してみたところ幸いにも採択されて」


運良くプログラムに参加することができ、さらに採用内定も得た。就職においては、実力以上に経験が役に立ったと感じているという。


「実力だけでは絶対無理だったと思います。実力よりもいろいろなバイトなどで、企業や現場の方たちと関わって働いていたので、そういった経験をしていたことが大きかった。運がよかったと思いますね」


サムスンにはエンジニアとして入社して、無線事業部でファームウェア開発などに従事した。学生時代から一貫し携わっていたので、入社して2年ほど経つ頃には3、4年分の経験を積んでいた。


このままエンジニアの道一本で行くか、それともマネージャーとして組織づくりに貢献していくか。あるいは、それ以外か。エンジニアとしてのキャリアパスを選ぶ時期にさしかかっていた。


「当時会社が戦略的に『T型人材』といって、自分の専門性をしっかり深堀りしながら幅広くさまざまな知見を持つ人を育てるという戦略を、結構社内で活発に広めていたんですね。私も偶然その一環でオファーをいただいて、そこからはマーケティングや人事を経験したり、最後の3、4年はいわゆるリサーチャーとして過ごさせていただきました」


エンジニア以外の職種を経験することは、見聞を広める良い機会となった。グローバル企業というものがどのような仕組みで動いているのか。新たに経営視点というものも見つめることができた。加えて海外出張の機会も多く、特にイギリスや日本には長期間出張した。


どうせなら広い世界を舞台に仕事をした方が面白い。一社員という立場で経営の大きな意思決定を直接動かせたわけではなかったが、まさに憧れていた働き方には近づけたような気がしていた。


サムスン電子で働いていた頃



2-4. 起業


リサーチャーとして市場の動向を追い、グローバル企業らしいダイナミズムの中に身を投じていると、現在地よりさらに広い世界の存在を意識するようになる。


栄枯盛衰激しいビジネスの世界で、生き残り成長を続けるビジネスとは何だろうか。自らゼロから事業をつくりあげるとするならば、どんな領域で何ができるだろう。歴史ある大手企業よりはるかに限られた経営リソースをハンドリングし、0→1を切り拓く起業という挑戦に関心が向きつつあった。


「その頃、私は31、2歳ぐらいだったんです。リサーチャーをやっていたこともあり、業界的にも世間的にもだいたいどのタイミングで起業するのが1番良いかという意識は持っていました」


日本でも同様だが、起業を考えるなら学生時代から始めてしまうか、あるいは就職し5年くらい経験を重ねてから30歳前後で起業する人は多い。


「そういう面で、私は後者を選びました。そろそろありがたい環境から抜け出てスタートアップしなければいけないなという時に、やっぱりどうせなら海外でやりたいなと考えていて。なかでも日本は個人的にすごく好きでしたし、当時は安倍首相の政策で外国人のビザが取りやすくもなっていました。それから仕事でご一緒させていただいた大先輩が東工大の博士課程にいた方で」


聞けば国の奨学金制度を活用し、大学院で学びながら将来を考える道があるという。退職していきなりスタートアップをやるとなるとリスキーだが、それなら十分現実的でチャンスでもあると思い、その場で心を決めた。


東京工業大学大学院では、のちにLITEVIEWを共同創業するCTOキム・ミンスとの出会いもあった。


「彼は本当に優秀で、韓国の情報オリンピックで3回くらい優勝歴があったり、今まで見てきたエンジニアの中でも明らかにスーパーエンジニアのレベルにあると思える人でした。学校の同じ建物にすごい人がいるという噂を聞いて、私の方から声をかけたんです。2人とも尖った性格ではなく、どちらかというと静かな性格だったので最初から馬が合いました」


意気投合するまで時間はかからなかった。すぐにチームを組んで、起業に向けて試行錯誤を重ねていくことにする。LITEVIEW株式会社の前身となる企業を設立したのは2015年、在学中のことだった。


「私がビジネスサイドを回しながら設計をして、彼が構築するというパターンでしたね。LITEVIEW株式会社の前身のPulit株式会社の業種はメディアレップと呼ばれるもので、放送局さんが持つコンテンツを広告案件と一緒にいただいて、さまざまなネットメディアに中継するシステムと人的ネットワークを提供するものでした。韓国では成功しているビジネスモデルだったのですが日本にはまだなかったので、それを持って来て速やかに展開すればいけるのではと考えたんです」



日本のコンテンツビジネスは、製作も消費も世界2位の規模を持つ。大きなマーケットがあり、当時はまだ業界もマスメディア中心に動いていた。勢いに乗りシリーズBまで急成長したものの、2019年頃からマーケットのトレンドが変化。各放送局がネット戦略を強化していく流れのなかで市場がシュリンクする気配が見えたため、ピボットすることにした。


「株主に対してもメンバーに対しても、描いたビジョンに共感したうえで投資したりジョインしてくださっていたと思うので、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。事業のピボットに関しては、コリアンスタイルでありのまま伝えましたね。幸い私がハードワークで十分コミットしていたという認識は持っていただいていたことと、どちらかというと環境要因でこうなったという事実を受け入れていただけて」


組織としては袂を分けた人もいれば、ともに再出発する道を選んでくれた人もいる。良いメンバーに恵まれていると確信があり、改めてゼロベースからでもつくりあげていくことは可能だと思えた。


「大きな教訓になったのですが、以前のビジネスモデルは完全にビジネスドリブンだったので、急速に成長したものの逆にトレンドが変わった時のシュリンクもすごく速かったんです。もっと本質的なものにコミットするべきだと思い、立ち上げたのがLITEVIEWでした」


幸いにも投資家からも賛同してもらうことができたので、前回よりしっかりとビジネスをつくりこむべく、システム開発期間も含め長い目で見て準備する。新しい事業のベースとなったのは、以前から抱いていた個人クリエイターという存在への思いだ。


「コンテンツを瞬間的に流行らせることはできる時代になりましたが、クリエイターさんの経済的自立はまだまだだという問題意識がありました。コンテンツインダストリーは昔から一貫して興味を持っていて。今もプライベートな時間はYouTubeやNetflixを見ながら過ごしていますが、やっぱり良いコンテンツがたくさんあった方が世界が豊かになるし、より多くの人が幸せにたどりつくんじゃないかと思っていて」


昔はテレビや映画館で観るものだったコンテンツが、当たり前のようにネットで配信されスマートフォンでも手軽に楽しめる時代になった。人々がコンテンツに触れるツールは大きく変わった。しかしながら、大手制作会社が莫大な予算をかけ、その時代の最もトレンドに沿ったコンテンツを作るという構造自体はあまり変わっていない。


これからの時代、もっと世界をコンテンツの力で豊かにするならば、最も可能性を秘めているのは個人クリエイター領域であることは間違いないとLEEは考える。


「個人個人のユニークで個性あふれるコンテンツが、今よりももっと流通するべきだと思っています。それが良いコンテンツであれ悪いコンテンツであれ、売れるか売れないかに関わらず、誰でもクリエイターになれるような環境にする。世界を豊かにするコンテンツが、今の5倍10倍に増える世界をつくりたいと思っています」


何かを創造し、インターネットを介して世界中に配信する。そのインフラがあるだけで、仮にどれだけ辺鄙な田舎に住んでいたとしても、無限に広がる世界と繋がれる。素晴らしい才能を秘めたクリエイターが互いに刺激し合い、もっと多くのコンテンツが世の中に流通する。


そんな世界観を現実とするには、向き合わなければならない障壁がある。数万人、数十万人のフォロワーがいたとしても、現状はクリエイターよりプラットフォーム側の力が強くなっている。いかに個人のクリエイターがコンテンツづくりに集中したくても、収益性や自由度の面で副業的な活動にならざるを得ない。フルタイムで一生創りつづけるための基盤が現在の社会にはまだ存在しないのだ。


もっと多くの人々が、フルタイムクリエイターとして活躍できる社会を実現する。そのために、「LITEVIEW」というサービスをつくりあげた。


2022年5月、本格的なサービスインと同時に、社名もLITEVIEW株式会社へと変更。クリエイターの新しい生存戦略として、良質なコンテンツがもっと社会を豊かにしていく未来を描いていくと決めた。




3章 大きな意思決定を前にする人へ


3-1. 一歩踏み出し、流れに身を任せればなんとかなる


決して前に出ていく性格ではなく、自身がスタートアップ企業の代表になる未来は想像していなかったとLEEは振り返る。


「元はエンジニアなので、どちらかと言うと引きこもってプログラミングしているタイプでした。人は環境によって変わるんだなと感じています。昔よりはだいぶ外交的になったと思いますが、今も私がすごくリーダーシップを執っていくというよりは、メンバーにビジョンを共有して支えていく役割に徹しています」


常に先頭に立ち、メディアにも積極的に登場する。ある種クラシックなリーダー像だけが全てではない。むしろ昨今のスタートアップ企業の代表に求められる素質は少しずつ変化しているという。


「最近のMZ世代はやっぱり自己開発やキャリアパスについての意識がすごく高いですよね。そうすると自分を犠牲にするような選択はあまりしないのがMZ世代の特徴で。韓国のスタートアップでは、会社のビジョンと個人のビジョンをしっかりリンクできていないがために社員が離脱してしまうケースが増えています。おそらく日本もそういうスタートアップ文化になると思っていて」


社員一人ひとりを裏から支え、いかに楽しく働けるような環境をつくるかに意識を向けながら行動を促していく。LEE自身、そんなリーダーであるという。


時代に合わせリーダー像も多様化する。気づかぬうちに過去のステレオタイプにとらわれて、やりたいことを諦めてしまうとしたらもったいないとLEEは経験から語る。


「(自分がCEOを担うと決めた時は)正直なところ自分の意思半分、周りの環境半分だったと思います。弊社のCTOキムに出会って、私のほうが年上だったので自然な流れで私がやるしかないとなって。最初の頃はやっぱりほかに誰かリーダーを連れてこなければいけないかなと思った時期もあったんです。でも、今振り返ってみれば、一歩踏み出して流れに身を任せてみるとなんとかなるんだなと」


数年先の自分を取り囲む世界を想像することは難しい。ならば思い切って行動を起こしてみる。やってみれば意外となんとかなるもので、むしろなぜもっと早く踏み出さなかったのかと後悔することも往々にしてある。


「社員にも同じことを言うのですが、人生の大きな選択とか、あるいはタスクとか、向き合うしかないタイミングって絶対にあると思うんです。考えすぎず一歩踏み出して、あとは流れに任せたらなんとかなると。内気な私でも一歩踏み出したらなんとか環境に慣れてスタートアップの代表をやっているし、自分が何か変化を求めるときには一歩踏み出してそれから真剣に向き合っていけばいいと思っています」


真剣に向き合い続ければ、自ずと二歩目、三歩目は続いていく。だから、新しい世界へと一歩踏み出そうとするときは、そう思い悩む必要はない。視界を狭め、広がる世界を遠ざけてしまう原因は、何より自分自身の恐怖や思い込みからくるものなのかもしれない。



2023.1.18

文・引田有佳/Focus On編集部





編集後記


韓国の片田舎からインターネットに接続し、そこから地続きにある豊かなコンテンツの世界を垣間見て以来、海外やITなど自身の生活圏外に広がる世界に憧れ、踏み出しつづけてきたLEE氏。


映像や音楽をはじめとするコンテンツは電波に乗って国境を越え、あらゆる垣根を越えていく。人々の心に彩りをもたらすばかりでなく、その広がりを感じさせてくれる点において、まさに広い世界を広大たらしめている存在ともいえるだろう。


だからこそ、LITEVIEWではコンテンツの価値を信じ、時代に必要なプラットフォームを創造する。クリエイターたちが生み出すコンテンツの絶対量を5倍10倍に増やしていく世界を描く。


それにより人の心はもっと豊かになるだけでなく、世界中さまざまな人の感性が互いを刺激し合い、さらに多くの優れたコンテンツが生まれる土壌となっていく。個のクリエイティビティが循環するエコシステムは、今まさに育まれようとしているようだ。



文・Focus On編集部





LITEVIEW株式会社 LEE KUNWOO(イ・ゴヌ)

CEO

1983年生まれ。韓国出身。東京工業大学大学院修士課程修了。約9年間、Samsung Electronicsなどにて研究開発に参画後、LITEVIEW株式会社の前身Pulit株式会社を起業。開発業務以外には、海外法人(欧州、日本)で人事やマーケティング業務を経験。
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