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日本発チャットボットAIが世界へ ―「持っている」という道徳律

「何をやるかよりも、誰とやるか」とは言うが、本当に背中を預けることのできる仲間の条件とは何だろうか?歴史に名を残すような「スゲェ会社」を創ろうと決断できたのは、ここぞという場面で信頼できるような「持っている」仲間の存在があったからだった。


東京、沖縄、ベトナムに拠点を持ち、国内外で事業を展開する株式会社wevnalは、大手IT企業にて新規事業部立ち上げをともにした3名が、2011年に共同創業した会社だ。SNS領域における広告代理業を中心に、AIやIoTなど最先端のサービスを世に提供する。新たなスタンダードを生み出すべく常に挑戦をつづける同社で、事業創出の中核を担う取締役副社長兼COO前田康統が男としての勝負について語る。




1章 スゲェ会社を創る


1-1.  スゲェ会社


男として、勝負には勝たなければならない。苦楽をともにした盟友とともに創業した会社は、事業の枠組みにとらわれず、新しいマーケットや技術領域を常に開拓しつづける。自分たちの力が、果たしてそこで通用するのかどうか。勝つか負けるか。ビジネスは勝負の世界なのだ。


Twitter日本語版上陸の黎明期から、いち早くオフィシャルパートナーとして認定されたベンチャー企業である株式会社wevnal(2017年現在、日本国内認定代理店は34社)。同社が国内でいち早く開発したTwitterのハッシュタグキャンペーンツール「Tagtoru」は、楽天球団やガールズアワード、コメダ珈琲といった大手企業含め、年に250キャンペーンほど利用されるなど、市場ではトップクラスの導入実績を誇る。


2016年、マイクロソフトが主催するビジネスコンテスト「Microsoft Innovation Award」では、同社の「IoT×AI×医療」領域サービスがファイナリストに選出された。マイクロソフトのスタートアップ支援メンバーとなったwevnalは、同社より無償提供されたAI開発環境のもと、現在、新たなる事業「チャットボットサービス」の開発をすすめている。


GMOアドパートナーズ社にて新規事業の立ち上げメンバーとして活躍した3名が共同創業した同社。うちの一人、取締役COOの前田氏は、海外事業など多数の新規事業を牽引する存在だ。


「センスとか運みたいなものってあると思うんですよ。いわゆる『持ってる人』『持ってない人』という言い方をすると、男として持ってない人ではありたくない」


プライドを持って生きる前田氏にとっての「勝負」とは。


1-2.  チャットボットAI


新しい市場、領域に常に挑みつづける株式会社wevnal。その歴史はSEO事業にはじまり、SNS広告、IoT、東南アジアを中心とした海外拠点の設立など、着実に厚みを増している。


同社で新規事業全般を担う前田氏が、次なるサービスとして目下注力しているのが、チャットボットAI『BOTCHAN』の開発だ。用意した会話、用意された質問に対する回答ができるコンピューターシステム(チャットボット)のみではなく、そこに「AI・人工知能」を掛け合わせることによって会話のなかで学習することが可能となる。


それは、人とコンピュータの会話の幅を広げ、人との会話に近い自然なものとしていく。それを叶えるのが『BOTCHAN』なのである(シンプルな設計で、エンジニアでなくとも簡単に導入できる)。


人工知能を搭載したチャットボットが自動で会話を学習し、お客様の質問へ自動回答を行う。これまで人が担っていた業務を『BOTCHAN』が担い、人の負担を軽減する。旅行で宿泊施設に電話予約する際も、システムに対し、人と会話しているかのような自然な会話の流れで予約を取ることができるようになる。


「チャットボットは労働力の代替品であるべきだと思ってるんです」


少子高齢化の進行により、下降の一途をたどる日本の国内労働力。足りなくなった労働力を補っていくのは、外国人労働者ではなく人工知能となるのが、日本社会の未来ではないかと前田氏は語る。


未来を見据え、世に新たな事業を生み出す。そして、社会にある問題すらも解決していく存在となる。


それは日本のみならず、世界に向けて発信され、課題を解決していく姿を備えている(2017年7月に日本語版・英語版の『BOTCHAN』β版がリリースされた)。かけがえのない仲間とともに、顧客の期待を超え、まだ誰も見たことのないサービスを創り、社会に新しい意味を見出す。「スゲェ会社を創る」それがwevnalのビジョンである。



2章 生き方


2-1.  男として生きる


東京都広尾の愛育病院で生まれた前田氏。曽祖父は初代衆議院事務総長で、家にはGHQ最高司令官マッカーサーの写真が飾ってあった。両親は衆議院で出会い、父は国家公務員である外務省外務調査官として、日本の国際問題の解決に向けて奔走していた。いわゆる由緒正しい家柄であった。


テストの点数やスポーツなど、結果が出るものについての意識や期待が大きい家庭だったと、前田氏は語る。一家には守るべきものがあり、人には守るべきものがある。


「『プライドを持って行動しろ』みたいなことは言われてました」


幼いころから、前田氏は「〇〇として」という意識を抱えて生きてきた。お受験幼稚園に入園するために塾に通い、勉強も必死にこなしていく。小学校までは「エリートとして」育てられた。それが「プライド」を持った生き方である。


しかし、その素顔は年相応の子どもだった。強くあろうと心に思っていても、6歳離れた妹が生まれると、急に母親が取られたような気にもなる。駄々をこねていたという。


「『妹は可愛がらなきゃいけない』と言われて育てられて。ただ、僕も小学一年生の多感な時期で、物心つきはじめるタイミングだったので、遊びに行くときも母親がいないからふてくされてました。隣の芝生は青く見えるじゃないですけど」


前田氏に、両親は「守るべきもの」があることを教えていた。それは、「兄として」のあるべき姿であり、「男として」の在り様であった。


父からは、「男として」戦いの場での戦い方を教えられた。


「『勝てる可能性が高い勝負にまずプレイヤーとして出なさい。出たのであれば、勝つためにどうするか考えなさい』ということを教えられたんです」


戦うのであれば、勝つ。そして状況を見つめ、戦い方を考える。「男として」。父から当然のあり方として教えられた言葉。戦いに出るのであれば、勝つための戦略を考えた上で戦う。それが、前田氏の戦い方のイズムとなった。



2-2.  ヤンキーとの出会い


小学校までは、親の期待どおり一生懸命勉強し、良い子として生きてきた。自己主張は強いわけではなく、問われたら答えるような沈思黙考するタイプだった前田氏。学校はエスカレーター式の一貫校だったが、中学にあがると周囲の環境が激変した。


「共学から男子校に変わります、というのが大きく一つ。もう一つは、外部から新しい生徒がたくさん入学してくるんですけど、そのときにすごくやんちゃなやつと仲良くなっちゃった。そいつとの出会いが、いまの僕の形成の始まりだと思います」


帰る方向が同じで親しくなったその友人は、腕っぷしが強く運動神経もいい。小さいころから悪さをしてきた、いわゆるヤンキーだった。これまで親に言われたことを守り、強く正しく生きてきた前田氏にとって、考えもしないタイプの友人だった。


「おもしろいなと思って見てました。親にしちゃいけないと言われたことを当たり前に破るやつが隣にいて、なんでこんなに悪いことを普通にできるんだろう?と。だからこそ、なんで僕は言うことを聞いてなくちゃいけなくて、彼の家は聞かなくていいんだろうと思って」


部活をサボるという概念もはじめて知った。(自分の信念をもって悪いことの線引きをしていたが)次第につられて悪いことをしはじめる。真面目に育ってきたからこそ、外部のスパイスほど刺激的なものはなかった。未経験のこと、禁止されていたことだったからこそ、それをしてしまう自分にかっこ良さも感じた。


「小学校のときって、勉強ができるか、運動神経がいい男の子がモテるじゃないですか。中学・高校になると悪い男がモテはじめますよね。不良の周りに女の子がいて、そういう人が好きになる時期。たぶんそういう流れのなかで、自分が不良グループに身を置くっていうのがステータスだった。どんどん流されて行ったんです」


これまで考えていなかったようなことを考え、それが自分にプラスされていく。次へ次へと新しい世界を見つづけられる。さらに、その友人と一緒にいることで周囲からの見られ方も変わっていった。


「自分が強くないのに、強くなった気になれる瞬間があったんですよね。もちろんそのときに痛い目にもあったんですけど。悪いコミュニティで悪いことしていると周りから注目されるので、そこにいれば人気者みたいになっていった」


目立って、人からちやほやされることで周囲に人が集まってくる。それは、「誰かと一緒にいる」という気持ちを持たせてくれる。人と一緒にいられる。仲間と同じと思えたからこそ、新たな世界へも挑戦をつづけられるようになっていった。


前田氏(左から3人目)、同社CTO木曽氏(左から4人目)とともに、

べトナム・ハノイのオフショアラボにて


2-3.  未開の領域「ダンス」


仲間に囲まれていた中学・高校時代。とはいえ、目立つグループでいるのにも努力がいる。高校生になると、一個上の学年のグループは偏差値が高く、一個下の学年のグループはイケメンが多かった。何も強みがない自分たちの学年は、戦い方を考えなくてはならない。前田氏に突破口を与えてくれたのはダンスだった。


「当時、僕らはダンスがポピュラーになる少し手前の世代で、やりたいって言っても直接教えてもらった経験がある人が少なかったんです。僕はたまたま先輩のつながりでダンスを教えてもらえたことがあって。いろいろ褒められたりもして、すごくおもしろいものだって思ってやりつづけてました」


高校の文化祭で踊ればモテる。それだけでなく、大学のサークルに目に留められ、高校生ながら一緒に練習する権利をもらえたりと、自身にプラスとなって返ってくるものが多かった。誰もやったことのないダンスだったからこそ、周囲の人たちも教えを請いに来てくれた。

それは前田氏にとって、求めていた環境を与えてくれた。自分がパイオニアとなって新しいことをやり、その領域に人が興味をもって入ってきてくれることが嬉しかった。


「先見の明があると思いました。人間のセンスって、その人だから持ちうるものだと思うんですよね」


誰もやったことのない領域に誰よりも先に手を伸ばし、周囲の人が集まる場に変えていく。その領域には誰もいないからこそ、自分が手を伸ばしたあとに誰も入ってきてくれないことだってある。「先見の明」がない限り、人はついてこない。


けれどもそれは、前田氏にとっては当たり前に考えてきたことでもあった。勝つために戦う場所を考える。幼少期その大切さを教えてくれた父がいたからこそ、誰かが集まる領域を選び、その場所に入り込む「センスを持つ」ことができたのかもしれない。


それは、現在までつづく前田氏のパイオニア精神の支柱となっている。



2-4. 「持っていない」人


前田氏がパイオニアとしてダンスの領域を開拓すると、ついてきてくれる人たちがいた。一方、人がついてこない領域を開拓してしまう人もいる。それは「持っていない」から起きうる事実なのである。


この世には持ってる人と、持っていない人がいる。前田氏がその差異を意識しはじめたのは、大学時代だった。熱中していたダンスのイベント開催にあたり、持っていない仲間がいた。


「とびきり持ってない人に出会ったんです。ダンスイベントの集客で、今回は呼ばないと借金もやばいし、このイベントこけられないってときに、『ごめん今回呼べないわ』って人がいたんです」


世の中は上手くいかないと分かりつつも、あってはならないタイミングで最悪の事態を引き起こしてしまう人がいる。それは、「持っていない」としか言いようがない事実であった。


だからこそ、「持っていること」「持っていないこと」を強く意識するようになった。とりわけ、新しい領域を生み出し人々に提供していくことを求め、パイオニアとして未開の地を開拓する前田氏にとっては一層大切なことだった。


「ビジネスの世界で、いわゆるマーケットインでモノを出してくるって、比較的パイオニアではないことが多いと思います。それはマーケティングした結果のなかで、サービスインさせてくるもの。僕はプロダクトアウトみたいなパイオニアっぽいことをやりたいと思って。それって先見性がないと無理だと思っていて、いわゆるタイミングで当てたり当てなかったり、センスだとか運みたいなのってあると思うんですよ」


容姿や経済力など、社会の中で生きる人間にはさまざまなバロメーターがある。特に、新たな領域を生み出すためには、そのフロンティアを走る人間が、人並み以上のセンスや運のバロメーターを持っていないと成立しない。前田氏は、その力を「持っている」からこそ社会にないような価値を生み出すパイオニアとして存在しつづけられるのである。


「たぶん不細工な人って自分の足りないもの(容姿のバロメーター)を分かってるんで、言葉とかボキャブラリーとか違うもので補う人が多いですよね。それでも持てない人は、努力も何もしてない人たちだと思うんですよ。かっこよくもないのに何もしてないだけ」


自らの持ちうる力・バロメーターを理解し、戦うべきフィールドを選び、努力するからこそ、持てるものがある。それは「人間力の戦い」であると前田氏は語る。努力により培ったセンスや運を「持って」、誰も足を踏み入れたことのない領域へ飛び込むからこそ、新たな市場が生まれてくる。


「持っている」ことは人間的に優れていることの証にもなるのだ。そしてそれは、新たな世界を人に示す力の根源でもある。



3章 仲間の存在


3-1.  はじまりの言葉


ダンスに明け暮れ、大学へ内部進学するための内申点が足りなくなった前田氏は、一浪して大学生となった。インターンなどを経て、新卒でGMOアドパートナーズに入社する。


新卒研修後、当初希望していたメディアレップ事業部に配属された前田氏だったが、その3か月後には異動の辞令が下る。配属先は、SEO事業の新規立ち上げチームだった。そこで出会ったのが、のちにwevnalを共同創業することになるメンバー、現在代表取締役の磯山氏と常務取締役の森元氏だった。


お客様に呼ばれるか、納得いく実績を残したら新天地へ行く。そう心に決めてはじめた新規事業部、営業の仕事。電話での営業はモノの対価でお金をもらっているという実感を前田氏に与えなかった。だからこそ、売って実績を残せたことは自信につながった。しかし同時に、周囲に対する感情も生まれてきた。


「当時の組織は売ってる人が目立つくらい、売れない人が多かったんですよね。そうすると当時の僕からすると、『なんで売れないやつの給料を俺らが補填してるのか』っていう思いがあって」


売れない人が周囲にいた。その人たちの分も自分たちで補填しなくてはならない。それでも、売れない人たちの中には遅刻や寝坊をする人もいる。実績を残していない人たちが当たり前のことを守らないことに、前田氏は一層不満をつのらせていった。


「遅刻や寝坊に対して、会社や上司はそこまで叱責をしていないんです。そういうのを見ていて、自分が決める立場に行った方がいいなっていうのは間違いなくよく分かった」


前田氏の中で「決める立場」に立つことは自然の流れだったのかもしれない。その後も、前田氏と磯山氏と森元氏は「売れるチーム」として、次々に顧客を獲得し、圧倒的な成果を出しつづけた。彼らは「持っている」チームだった。


結果を残しつづけてきた前田氏がお客さんに呼ばれ転職し、一年半のときが立ったころ、かつての盟友たちと偶然再会する機会がめぐってくる。


“もう一度お前と働くと思っていた”


「集合したら、森元と出会って。そのときに森元に言われたんです。いま一緒にやっているのは、やっぱり彼が最初に放ったその言葉っていうのが、強く僕のなかにありますね」


ともに結果を残しつづけてきた仲間。森元氏に言われたその一言は、大きく前田氏を揺さぶった。嬉しさと、それを現実にしなければという使命感。wevnalが創られた背景には、当時の会社を支えるほどの実績をもって戦いをともにしてきた、彼らの強固な結束があった。


(左)常務取締役の森元氏、(中)代表取締役の磯山氏、(右)取締役副社長兼COOの前田氏


3-2. 「持っている」会社


持っている者同士だったからこそ惹かれあう必然性があった。持っている者同士だから信頼しあい、一緒にはじめることができた。磯山氏とも再会し、2011年4月wevnalが設立された。そこには仕事だけではない強い絆があった。


「磯山が『じゃあ二人でやればいいじゃん、お前(前田氏)が来るならいいよ』と言ってできた会社です。磯山は、持ち前の清潔感と愛嬌みたいなものがあるタイプなので、敵を作りにくい存在ではあると思う。彼みたいな持っている存在がいることで、会社って長く太くつづいていくと思って。それは今でも思っています」


磯山氏の存在は会社を支える大きな柱となっている。それぞれが「持っている」ことがウェブナルの組織を支えている。


「世の中には大事な場面で決められない人もいます。それは持ってないんだと思うんですよね。そこでいうと、磯山は決められるタイプ、だから持ってるやつと一緒にビジネスしてるんです。たとえばなんですけど、営業であと一件決められたら達成というとき、社内の注目度ってあるじゃないですか、なんか注目されてる、なんか上司が意識してるなとか。そのときに決められるやつはもってると思う。決められないやつは持ってないと思います」


「持っている」とは努力によって得られるものであると前田氏は語るが、それは何を指すのだろうか。


「幹部を採るとしたら、『持ってるエピソードを話してください』って言います。それが言えるか言えないかなのかなと。何のエピソードでもいいと思います。ガリガリ君が連続5本当たったとか、そしたらそれに対してどんな関係で5本連続当たったのか聞きます。一人なのか、みんなでいたのかとか。一人のときなら僕は持ってない方に入れちゃう。みんなでいるとき連続であててたら持っている」


「偶然みんながいる」これが持っていることの必要条件だ。偶然人がいなかったパターンにおいては運の無駄づかい。次にその運が回ってくるかどうかはわからない。先に使ってしまった可能性もある。その場に誰かがいるからこそ、「持っている」ことがもたらしてくれた運に意味を与えてくれる。


評価は他己評価でなければ意味がないと、前田氏は語る。他人に自分がどう評価されるか、そして自分が他人をどう評価するかが、お互い一つの指標となる。人と人により成り立つ社会のなかで存在しつづけるためには、他人の存在が必要条件となる。他人が見ているなかで引き寄せた結果。それが社会において、人間として「持っている」ということなのだ。


会社は社会の公器である以上、誰かからの評価のなかで存在している。wevnalは公器として、人々に必要とされつづけることができた。そして、人々に新たな地平線をも見せていく。wevnalという会社は「持っている」会社なのである。



2017.09.25

文・引田有佳/Focus On編集部



編集後記


未来を予測し、人々を導く方法は古来から様々なものがある。古墳時代以前の古代日本においては鹿の骨を焼き、そのひび割れにより国家の未来を占い、道しるべとした。


17世紀に科学革命が起こると、宗教に依拠したものではなく、論理性や客観性を重視した未来予測が生まれた。それは未来を、より速い速度で私たちに引き寄せるものとなっていった。


客観的に観察したデータを蓄積し、未来を予測することを可能にした科学の誕生から300年余り。コンピューターが生まれ、人工知能が生まれる現在。未来の予測はより精度を高め、私たちの生活を豊かにしてくれている。


しかし、現代においても予測できないものがある。それは、「誰も踏み入れていない」領域である。未踏の領域は過去のデータが蓄積されていない。だからこそ過去のデータに頼り、予測を得ることは難しい。人類未踏の領域に踏み出すことは、科学的に導き出された未来というよりも、どこか、古来の占い師のように未来を察した人が人々を導いているように思える。


誰も足を踏み入れていない領域に未来を見る力、「先見性」の力を持つ人物の特徴について触れた研究も多くはない。ここに、Amazonにおける書籍へのレビューコメントから、売れる書籍を予測できる人物像を分析した研究がある。そこから、「先見性のある人」と、「先見性のない人」を分析した興味深い研究である。


素性の特徴としては、先見性のあるレビューには、「作者」の「自己」満足、分かり「にくい」、「新しい」切り口といった本の感想や、「最初」の一冊におすすめ、「十分」、不「十分」といった他のユーザへの推薦に言及したものが多く見られる(括弧付きがカテゴリの上位素性)。一方、先見性のないレビューには「テレビ」化した本、「メディア」や「テレビ」に出ている著者といった本を手にした経緯に言及したものが多く見られる。このことから、マスコミの情報に流される人は先見性に欠ける傾向があると考えられる。
―筑波大学 システム情報系 准教授 掛谷 英紀・同大学視覚メディア研究室 佐藤 裕也


ほかの読者にとっての読む価値・メリットを意識してその書籍を観察するからこそ、より精緻な「売れる本」の観察となるようだ。先見性のある人は、メディアが宣伝するものを単に手にとるのではなく、他者のメリットを自らの観察眼をもって考慮し、提示している。


確かに、テレビなどのメディアや世に多くいわれていることから自らの行動を決定するのでは、先見性をもって世に新たなものを生み出すことは難しいように思える。


前田氏は、大衆や世の流れに身を任せるのではなく、未来の誰かのメリットのために自らの先見性を磨き、いまの自分の行動を決める。


人が周囲にいることを強く意識するからこそ、その人たちの未来にとって価値のあるものはなんであるのかを見出し、「誰も踏み入れていない領域」であっても新たな社会の価値に変えていくことを可能にしている。先見性をもって導いた未来に人がついてくるからこそ、手にした新たな世界は意味をなすのである。


前田氏の眼は、新たな地平線を見出すのである。



文・石川翔太/Focus On編集部



※参考

掛谷英紀・佐藤裕也(2016)「書籍のレビューに基づく先見性のある人物の特徴分析」,『言語処理学会 第22回年次大会 発表論文集』2016年3月,p.1149-1152,言語処理学会事務局,< http://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2016/pdf_dir/B7-3.pdf >(参照2017-9-24).




株式会社wevnal 前田康統

取締役副社長兼 COO

1984年生まれ。東京都出身。新卒でGMOアドパートナーズ株式会社に入社。同社にて、SEOの新規事業部立ち上げチームメンバーとして活躍。同チームで出会い、のちに株式会社wevnal創業メンバーとなる磯山氏、森元氏とともに売上を牽引する。沖縄ツーリスト株式会社を経て、2011年4月株式会社wevnalを共同創業。取締役副社長兼COOとして、国内外で新規事業を積極的に展開するほか、関連子会社である株式会社 HUVRID取締役も務める。

http://wevnal.co.jp/


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