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兵庫ヤクルト3代目が継いだ創業の願い(前編) / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略

日本人なら誰もが知る健康飲料「ヤクルト」は、一人の医学博士の「予防医学」という願いから始まった。異国情緒と多様性を内包する街・神戸で生まれた兵庫ヤクルト販売は、今年で創立70周年。人々の健康を願い、地域社会に貢献する。そのDNAは今も変わらず受け継がれ、同時に「健康の定義」の変化とともに時代に合わせた進化を遂げつつある。


ニューヨーク留学、ヤクルト本社への出向、慶應MBAを経て神戸に戻った3代目代表取締役社長 阿部恭大が、兵庫ヤクルト販売の原点と未来、地域の健康を支える新たな共助モデルについて語る。(聞き手:GOZEN代表 布田尚大)



経営者の高齢化に伴い、「大廃業時代」とも言われる昨今。日本全国の中小企業の事業承継は大きな社会課題となっています。そんななか、ビジョンと野心をもって家業を引き継ぎ、現状維持ではなく成長させていこうとする後継者の活躍も目立ちつつあります。

シリーズ「地域企業の承継者たちとM&A戦略 ―継ぐ、拡げる、編み直す―」では、地域への貢献性、社会への公益性の視点も持ちながら、M&Aという資本主義的な手段を使っての事業成長を考える承継者たちの経営論や考え方、M&Aの新たな可能性を紐解いていきます。




▼前編(本記事)

兵庫ヤクルト3代目が継いだ創業の願い / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略

▼中編|2026.5.20 公開予定

事業提携がつくる「届ける人」の社会インフラ / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略

後編|2026.5.21 公開予定

地域の共助は「ほっとかへん」を合言葉に / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略



「薬よりも飲み物に」社会課題から生まれたヤクルトの思想


布田尚大(以下、布田):改めて、兵庫ヤクルト販売さんの事業や歴史について教えてください。


阿部恭大(以下、阿部):日本全国にヤクルトの販売会社は約100社ありますが、そのうち弊社は神戸市の西部をはじめ、東播磨地区と北播磨地区という10市3町でヤクルトをお届けしています。おそらく一番に想起されるイメージは、ヤクルトレディだと思います。今は500名のヤクルトレディが毎日地域でお届けしてくれていて、売上55億のうち7割がヤクルトの宅配事業、BtoCの顧客は6万世帯で、1人のヤクルトレディが約120件の顧客を担当している形です。


阿部 恭大
1990年生まれ。兵庫県出身。大学卒業後、ヤクルト本社を経て2016年に兵庫ヤクルト販売株式会社へ入社。2021年に常務取締役、2023年に代表取締役社長に就任した。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。


事業の強みは商品を届けるだけでなく、地域の見守りや独居老人の孤独・孤立予防といった「社会的処方」のような役割も担えているところだと思っています。


歴史については、今年で創立70年になります。70年前、祖父が兵庫ヤクルトを創立し、私は3代目です。少し遡らせていただくと、関西のヤクルトの工場拠点を立ち上げた5人のうち2人が私の親族です。祖父と祖母は、九州・熊本から縁もゆかりもない神戸に来て、工場を立ち上げたメンバーであり、そこから自分で販売店を持つようになった。1970年代後半には5つの販売店の合併統合という大きなイベントもあり、そのときに大きなリーダーシップを取ったのも祖父だと聞いています。同じヤクルト販売店の中ではありますが、昔からM&Aのようなことは経験があり、ファイナンスの苦難や試行錯誤も多かったと聞いています。


布田:創業の思想という意味では、ヤクルトそのものの起源にも面白い話がありますよね。


阿部:そこは私もヤクルトの歴史で大好きなところで、必ず新人に伝えている部分です。ヤクルトは医学博士・代田稔が設立した会社で、昨年、販売開始から90周年を迎えました。戦前、赤痢やチフスなどの感染症が非常に蔓延していて、小さな子どもたちが亡くなっていたことに心を痛めた代田先生は、社会課題を解決したいと医学の道に進みました。研究室で人の健康に役立つ乳酸菌の強化・培養に成功したとき、それを薬にするのではなく、多くの人々に普及させるために飲み物にしようと決め、商品化されたものが「ヤクルト」なんです。


病気は「治す」ことがメインの時代に、プロバイオティクスをお腹に入れることで「予防する」という発想は、革新的なものでした。社会課題から生まれた会社であり、予防医学という思想を根っこに持っている。それがこれからも続いていけばいいなという願いを持っています。



神戸には「いいおせっかい」のシステムがあった


布田 尚大
M&AナレッジカンパニーGOZEN代表。2022年、3年間経営したボディポジティブなランジェリーブランドfeastをM&A。4年間取締役社長としてPMIに従事し、事業成長を実現。GOZENを立ち上げ、老舗百貨店高島屋、Forbes Japanでアワード受賞企業、M&A時24歳の若手起業家の事業など、幅広いM&Aの成約をサポート。ハフポスト日本版、M&A Onlineなど、取材・執筆実績多数。


布田:プレスリリース本数やスタートアップとの提携など、ほかのヤクルト販売会社さんと比べても新しくチャレンジングな取り組みが多い印象があります。その源泉はどこにあると感じていますか?


阿部:個人や家族がどうこうというより、住んでいる街かもしれないですね。神戸って、港町で海外の文化を積極的に受け入れる街ですし、私の祖父や母方も神戸の人ではないのですが、同じように神戸の人と話していると外から来た方が多い。受け入れる文化があるんです。ファッションや食べ物、衣食住、すべてにおいて脈々と続くものがあるのかもしれません。


また、140〜150万人規模の中核都市であり、京阪神ネットワークが非常に強い。多様な産業のエコシステムやつながりがあるので、地元で経営者の方々に触れるチャンスは多かったと思います。父は青年会議所を長くやっていて、神戸商工会議所の人脈も多かった。私自身もフェリシモ(神戸の上場企業)の社長を非常に尊敬していて、その方とのつながりから「コミュニティナース(※詳細は中編にて)」の取り組みをご紹介いただいたりもしました。


そういった緩いつながりから始まる、「この人に会ってみたほうがいいよ」といった「いいおせっかい」のようなシステムが、神戸にはあったのかもしれない。


一方で、外から自分の地域を見つめ直し、正しく知ることも大事だと思っています。海外へ出ることもそうですし、外から自分の地域を見る視点は、内側にいるだけでは得られない気づきがあります。役割や立場を超えて対話し、外から見てみる。違う世界を知るのがいいなと最近は思います。



使命であり天職


布田:阿部さんが今に至るまでのキャリア形成は、どのようなものだったのですか?


阿部:神戸市生まれで、幼稚園から大学まで一貫校に通っていました。あまり神戸から出たことがなかったのですが、大学のときに1年間米国・ニューヨークへ留学し、外に出て自分の国や地域を見ることでいろいろな気づきがあると強く思いました。


就職のときは葛藤がありました。もともと映画制作が好きで、その業界で働こうと思って内定ももらっていたんです。家業との間で悩んでいたとき、父と二人で食事をしました。父が仕事に対して「これは使命で、天職だと思っている。その使命は阿部家、ファミリーでしか感じられないものだ。君もそういう思いは持っているはずだ」と言ったんです。それが非常に腹落ちしました。


2025年11月、同社は兵庫県より「令和7年 兵庫県社会賞」を受賞
1979年から続く寄付活動「福祉ヤクルト」が評価された


布田:その言葉が決め手になったんですね。


阿部:そうですね。ヤクルトの道に進むことになり、大学卒業後はまず上場企業のヤクルト本社に出向して、3年間企画や営業などを経験させていただきました。その後、「このままでは井の中の蛙だな」と思い、慶應のMBAで2年間フルタイムで学びました。こちらに帰ってきてからは、今年で8年目ぐらいになります。(中編へ続く)


 POINT 
・ 健康を広く社会に届けることが、創業から続くヤクルトの使命
・ 地域の緩いつながり「いいおせっかい」から、新しい事業の芽が見つかる



2026.5.19

取材・布田尚大/M&Aナレッジカンパニー GOZEN

文・Focus On編集部




▼前編(本記事)

兵庫ヤクルト3代目が継いだ創業の願い / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略

▼中編|2026.5.20 公開予定

事業提携がつくる「届ける人」の社会インフラ / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略

後編|2026.5.21 公開予定

地域の共助は「ほっとかへん」を合言葉に / 連載:地域企業の承継者たちとM&A戦略



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