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森實泰司
株式会社クジラボ  
代表取締役
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or経営者はM&A前後で何を目にし、何を思い、そして選ぶのか。「M&Aの再編集」は、自ら事業経営/M&A/PMIを経験するM&AナレッジカンパニーGOZEN代表・布田尚大氏による連載コラムです。売却額でも実務ノウハウでもない、新たな視点からM&Aのリアルを語り直し、その先のビジネスや人生を考えるヒントをお届けします。(毎月、第一月曜日に新着公開)
アクハイアリングと呼ばれる優秀な人材を獲得を目的とするM&Aや新興企業のM&Aは、M&A後の経営(PMIと呼ばれる)が難しい。M&A時、どんなに必死にリサーチしても、果たして、事業計画通りに成長させられるか、ふたを開けてみないと分からないことも多い。
とある通販事業で、サプライチェーンの抜本的な改変で、販売価格を30%以上下げてもしっかり利益が残る事業構造にできるM&A案件に関わったことがある。事前のユーザーヒアリングで「すごく欲しいけど高いのがネック」という声も一定あった。十分なシナジー効果が見込める。そのM&Aは実行され価格変更を行ったが、増えた顧客は想定の半分だったケースがある。これは極端な例だが、PMIではえてして思ってもいないことも起こりうるのがGOZENの肌感だ。
こういった時でも対応ができるよう、M&A検討時はネガティブケースも含めた複数のシナリオを策定し、ファクトベースで細かく事業計画を作っていく。その成果物も踏まえ、買収価格を交渉する。この活動はこれからも一丁目一番地であり続けるが、筆者は「保険として」昨今注目を浴びるエフェクチューション理論的な事業成長の可能性を見据え、準備しておくことを提案したい。
エフェクチューションとは、熟練した起業家に対する意思決定実験から発見された、高い不確実性に対して予測ではなくコントロールによって対処しようとする思考様式だ。ノーベル経済学賞受賞者ハーバード・サイモン氏の関与の元、経営学者サラス・サラスバシー氏が理論化した。
M&A時に描いた計画が外れてしまった。不確実性がネガティブに炸裂してしまった。そんな時の対応策のアイデアがあるだけでも、M&Aの意思決定、PMIの活動がやりやすくなる。
エフェクチューションには次の五つの原則がある。「手中の鳥の原則」「許容可能な損失の原則」「レモネードの原則」「クレイジーキルトの原則」「飛行機のパイロットの原則」だ。全て興味深く、関心がある方にはこちらの本を勧めるが、特にM&Aに役立つのは「手中の鳥の原則」「クレイジーキルトの法則」である。
手中の鳥の原則は、 ざっくりいうと、目的主導ではなく、既存の手段主導で新しいものを作る手法である。既存の手段を「鳥」と表現しているのだが、これは現在のサービス、生産設備といったまとまりあるビジネスユニットに限らない。例えば、起業家が持つ社会への想い、互いに支え合う起業家のコミュニティ、メンター、いつかやってみたい事業のアイデアなども含まれる。バイサイド側の「鳥」も含め、ブレスト的に出し合い、もし事業がベストシナリオにならなかった場合の「鳥」から始めるBプランをもっておくことは、M&Aを”結果的に”成功させる一助になる。M&Aは、事業に付帯する全ての「鳥」を副次的に獲得する行為でもある。
クレイジーキルトの法則は、コミットする意思をもつ全ての関与者と交渉し、パートナーシップを築くことで、事業を飛躍させる手法だ。とあるプロダクトをバイサイドのチャネルを活用して日本国内で一気に拡販することをメイン戦略としたM&Aで、買収後、バイサイドのアメリカ支社の方から、アメリカ市場でも可能性があるから、一度ディスカッションをしたい、と申し出があったケースがある。
可能性は社内連携に留まらない。M&A実行時、両社の周辺ではその経済ニュースを興味深く見ている関係者がいるものだ。M&A後はバタバタするが、合間を縫って社内外のステークホルダーとなんらかのコラボレーションができそうか風呂敷を広げておくことは、のっぴきならない状況でPMIの方向転換をする時の、的確なアクションにつながるだろう。
M&Aは不可逆の大きな意思決定だ。それが故にファクトベースであらゆるリスクを洗い出し、数値化し、未来を予想しようと目論む。実行後は、事前に作成した成長戦略に没頭するモードになりやすい。そんな中、例えば価格交渉が終わったタイミング、クロージングの期間など、少しだけ心と時間の余裕がある時に、ワークショップ的に1時間でもエフェクチューション的なシナリオの幅出しをしておくことは、転ばぬ先の杖として機能しうる。GOZENでも、状況に応じてこういった提案を行なっている。
M&Aが大企業同士のプロフェッショナルな離れ技だった時代は終わり、一般的な経営手法として浸透していっている昨今。M&Aのプロセス、PMIのプロセスについて、これからどんどん新しい経営手法、方法論が生まれてくるし、くるべきだ。経産省のこちらの資料では、PMIについて対策を高じていなかったM&A事業者の半数以上が、M&Aの満足度が期待を下回ったというデータもある。
GOZENはM&Aの不確実性、リスクを低減しうる新しい方法論、PMIの経営手法開発にも、積極的に貢献していきたい。
2026.4.6
文・布田尚大/M&Aナレッジカンパニー GOZEN
▼連載|M&Aの再編集(毎月、第一月曜日に新着公開)
#1 M&Aの不都合な真実、ピカソの絵、バリュエーション(事業価値評価)
#2 M&Aに効く “エフェクチューションという保険”
布田尚大
M&AナレッジカンパニーGOZEN代表。2022年、3年間経営したボディポジティブなランジェリーブランドfeastをM&A。4年間取締役社長としてPMIに従事し、事業成長を実現。GOZENを立ち上げ、老舗百貨店高島屋、Forbes Japanでアワード受賞企業、M&A時24歳の若手起業家の事業など、幅広いM&Aの成約をサポート。ハフポスト日本版、M&A Onlineなど、取材・執筆実績多数。
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