Focus On
福永将
株式会社xCARE  
代表取締役CEO
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or自分で選び、構造を知る。その積み重ねが、再現可能な確信になる。
「テクノロジーを水や電気のようなインフラに」というミッションを掲げ、人とソフトウェアのあらゆる接点をシームレスにしていくPLAINER株式会社。同社が提供するソフトウェアデモプラットフォーム「PLAINER」では、優れた製品の魅力や価値を体験してもらい、正しく伝えるデモコンテンツをノーコードで作成できる。営業、マーケティング、CS、教育研修など幅広いシーンで活用されるほか、ソフトウェア流通における構造的課題を解決するプラットフォームとして、エコシステム全体のより良い在り方を描いている。
代表取締役の小林大は、上智大学法学部卒業後、freeeに入社。初期配属のインサイドセールスチームで、50名中トップの成績を残した後、事業戦略として計画/戦略の策定から実行までを担当し、所属した全期で目標を達成した。その後、モバイル版freeeのビジネスオーナーとして、YoY300%の成長を牽引。2019年にPLAINERを創業した。同氏が語る「意思決定の軸」とは。
目次
便利なテクノロジーが日進月歩で誕生する時代だが、それをどれだけ使いこなせるかという点には、大きな個人差がある。テクノロジーは加速度的な進化を遂げつつあるが、人間は急成長できるわけではない。だからこそ、リテラシーの差は開く一方だ。このギャップをいかに埋め、テクノロジーから受けられる恩恵を等しく行き渡らせるかが、未来の社会を大きく変えていくと小林は考える。
「水や電気は価値が疑われることはないし、誰もが使えてインフラ化している。一方で、テクノロジーは価値を理解するのが難しく、全ての人が使いこなせるわけではない。じゃあ、『どうすればテクノロジーを水や電気のような状態にできるのか』というお題は、テクノロジーが非連続的に成長している以上、おそらく何百年先でも繰り返し起こりうる問題なんじゃないかと思ったんです。だから、ここにベットしていきたいと考えました」
ソフトウェアデモプラットフォーム「PLAINER」は、顧客にソフトウェアの真価を体験してもらえるデモコンテンツを、ノーコードで作成できるサービスだ。本番環境を提供することなく、誰でも簡単にデモ画面を作成・複製・カスタマイズできる。
それにより、従来は資料や口頭で説明するしかなく、伝わりにくかった製品本来の価値を、実際に「見て・触って」もらいながら伝えることが可能になる。マーケティングにおけるリード獲得の最大化や、営業のデモスキルの均一化、受注プロセスの効率化、CSオンボーディングの型化など、活用できるシーンも幅広い。
こうしたサービスの発想の起点には、前職であるクラウド会計ソフト「freee」を提供するフリー株式会社(以下、freee)での小林の実体験がある。
「これだけいい製品を優秀なエンジニアが作り、みんなが必死にお客様のことを考えながらオペレーションを作り上げているのに、いざ顧客インタビューをしてみると、サービスや機能全体の10%ぐらいしか認知されていなかったりする。そんなことばかりで、純粋に事業者として悲しいし、ここが正しく伝わればもっと大きなビジネスインパクトが出せるだろうと思ったんです」

一方、製品を買う側の目線でも、機能が多すぎて価値を理解しづらかったり、比較検討が難しいと感じたりする場面は、誰もが一度は経験したことがあるだろう。「PLAINER」は、売り手と買い手をつなぐソフトウェア・イネーブルメント・プラットフォームとして、購買と活用の接点に寄り添う存在だ。
「分かりやすい体験のイメージとしては、よく漫画やアニメ、映画の世界で描かれる最先端テクノロジーを持つ相棒ロボットのような存在だと思っています。人間がそれを使いこなしているというより、テクノロジー側が『どうしたの?』とヒアリングして、本人が自分で課題を解決できるよう導いていく。人間側は、気づいたら世界最先端のテクノロジーを使いこなしていたという状態です。自分の存在価値を理解したテクノロジーが、愛され、自然に頼られる。このサイクルに持っていくことができれば、誰もがテクノロジーの恩恵にあずかれると考えています」
PLAINERが掲げる「テクノロジーを、愛すべき存在へ。」というビジョンには、人とテクノロジーが信頼関係を結び、共生していく未来への思いが込められている。
こうした市場環境を踏まえ、小林はPLAINERの次なる進化をこう語る。
「今、生成AIの登場でソフトウェアを作るハードル自体はものすごく下がってきていて、大企業でも社内ツールを自分たちで開発するケースがどんどん増えていくと思うんです。そうすると、世の中のソフトウェアの数は今の比じゃないくらい増えていく。でも、作れることと届けられることって、実は全く別の問題なんですよね。実際、サイト流入やダウンロード数は伸びているのに、9割近いユーザーが製品の価値に触れる前に離脱してしまう、というケースはSaaSの現場ではよくある話です」
製品が増えれば増えるほど、「どう選び、どう活用するか」という課題はもっと深刻になっていく。PLAINERが取り組んでいるのは、まさにこの構造的な体験の断絶を解消する挑戦だ。
「ノーコードで顧客ごとに柔軟なデモ体験を提供できるプラットフォームとして、SaaSスタートアップからエンタープライズ企業まで導入が広がっていますし、さらにその先では、ユーザーの操作データをAIで意味付けして、ソフトウェア自体が利用者の状況を理解して自律的にサポートする世界を目指しています。単なるデモツールではなくて、ソフトウェアと人の接点そのものを再定義するインフラにしていきたいと考えています」
国内のみならずグローバル展開をも見据える同社では、まさにテクノロジーを愛すべき存在とするためのAI機能のリリースも予定しているという。
テクノロジーが進化を続ける限り、「どうすればそれを人にとって自然な存在にできるのか」という問いもまた、更新されていく。未体験の価値を創出していくPLAINERは、テクノロジーと人との距離を再定義しつつある。

友だちと遊ぶときは、みんながやっているものに混ざっていくよりも、まだない新しい遊びを見つけて巻き込んでいく方が面白い。振り返ればいつも、熱中する対象は自分で選んできたと小林は語る。その代わり、自分なりに決めたものには脇目も振らず没頭していた。
「ハマると周りが見えなくなるタイプでしたね。小学2年生くらいからサッカーを始めたのですが、どうしても左足でボールを正確に蹴れるようになりたい時期があったんです。放課後のチーム練習だと、そこだけ集中的にやることは難しくて。じゃあどうすればいいかと考えて、学校に行ったふりをして公園でずっと左足の練習をしていたこともありました」
判断軸は、いつも自分の内側にある。なぜかは分からないが、もしかすると10歳近く年の離れた兄が2人いて、末っ子として自由に育ったからなのかもしれない。
反対に、兄たちは真面目に勉強し、周囲の期待に応えようと努力していく姿を見てきた。
「1番上の兄は、受験も就職も全てトップクラスの環境に進んだのですが、2番目の兄は少し生まれつきのハンディキャップがあって。2人とも同じように頑張っているのに、結果や周囲の反応が違っていたんです。近くにいると、それが自然と客観的に見えていて、『でも、それって本人のせいではないよな』と、物事を大局的に見る目線が小さい頃からあったように思います。今でも日々意思決定をするときは、冷静かつ客観的に、最高の意思決定をすると決めているのですが、それは幼少期に見ていた環境から来ているのかなと思ったりしています」

あとから振り返れば、ほかにも物事の両面を見るような機会は身近に多かった。父が起業していたので小さい頃はどちらかと言えば悠々自適だったが、のちに父の会社が倒産してからは生活が一変していったこともそうだった。目の前の出来事に対して、感情だけに流されず一歩引いて客観的に見る癖は、どんなときも自分のベースにあった。
長年打ち込んだサッカーでも、自身と周囲の実力差を客観的に見ようとしていた。
「地域に『横浜F・マリノス』というJ1のチームがあるのですが、そこでのちに高校3年生のとき10番でデビューする人がいて。その人と小学4年生で初めて試合をしたときに、よく『壁にぶつかる』という表現がありますが、本当に30メートルぐらいの壁が前にそびえ立っているように感じたんです。『いや、これはどうやっても勝てなくない?』と(笑)。当時はあまりハートが強くなかったのか、そこで『自分はプロにはなれない』と思ったんですよね」
小学5年生からは選抜チームの練習に呼ばれ、中学もクラブチームに入る前提で選び、高校もサッカー推薦で進学した。チームでは一定活躍することができ、ある程度レベルの高い環境にいたからこそ、自然と身についた姿勢や振る舞いもある。週に6日は練習に明け暮れて、毎週試合を繰り返す。しかし、どこか物足りなさが自分の中にありつづけた。
「中学でクラブチームに入ったときも、一つ上の学年の試合に出たりしていたので、サッカー自体は楽しかったですし、いい仲間もできたんです。ただ、今思えばどこか漫然とやっていたのかなとは思いますね。当時は何かにすごく不自由していたわけでもないですし、それについて振り返って考える必要性もあまり感じていなかったのかなと思います」
自分が苦労しなくてもできる範囲で、人に褒められる。今になって思えば、そこから生まれるアクションだけでは、人より大きな成果を出すことは難しい。
もちろん当時はそこまで言語化できていなかったが、全力を出しきれていない、何かが足りないという感覚だけが、はっきりしないまま心の奥に残っていた。

2-2. 構造を読み、勝ち筋を見出す
高校3年で引退するまでサッカーは続けたが、卒業後は、今度こそ本気でやりきれるものを見つけたいと考えていた。
「高校を卒業するタイミングで、今までの人生を振り返ろうと思って。やっぱり自分の中で満足のいく時間ではなかったんですよね。そもそも小学4年生で一度心が折れていて、続けてはいたけれど、トップオブトップは目指せていなかった。だから、今度は絶対に1番になれるもの、なりたいと思えるものを見つけて、それを絶対にやりきろうと決めたんです」
ただ、当時は勉強に力を入れてきたわけでもなかったので、卒業後は一旦アルバイトをしながら、進路について考えていた。
あるとき車の免許でも取っておこうと考えて、新潟まで免許合宿へ行った。教習所の消灯は早く、時間を持て余したので近くの本屋へ足を向けると、大学受験用の参考書が目に入る。なんとなく購入し、解いてみると思った以上に手応えがあった。思いのほか合格できそうだ。そんな感触を得て、家に帰ってからは受験勉強にのめり込んでいった。
「サッカーばかりに打ち込んできたので、全てが新しくて。とにかく新しいことを覚えたり、理解していくことが、ものすごく面白く感じたんです。9月か10月くらい、少し遅いタイミングから始めたのですが、1日20時間ぐらい勉強するようになって。やればやるほど伸びる感覚もあったので楽しくて、ハマっていきましたね」
目指す大学は、将来の就職をイメージしながら決めていった。当時はビジネスマンとして1番になりたいという思いがあり、いわゆる就職難易度の高い会社に入れるような大学を調べた。そのうえで大学内の競争率にも目を向け、トップオブトップの大学を選ぶよりも、大学の中でトップを狙える環境の方が就職確率は高くなるのではと自分なりに考えて、最終的に合格した中から選ぶことにした。

「入学後は、まず起業しようと考えていました。父の会社が倒産してからは、家庭の中で起業のリスクを体感していた方だったので、当時は就職ありきで考えていたのですが、それでも1番理想的でかっこいい姿は自分自身で旗を上げること、大きな会社をつくり社会に貢献することだと感じていて。その過程で身につくものもあるだろうし、やるなら何のリスクもない大学在学中にやってみようと思ったんです」
早速、意気投合した友人とプランを練りはじめたものの、実行には至らなかった。ただ、大学では絶対に中途半端なことはしたくないという思いが強く、一人でもできることを探しはじめた。
プログラミングができるわけでもない。それを勉強してから始めてもいいのだが、なんとなく言い訳じみているようにも思える。だから、「今この瞬間始められる何か」をとにかくやりたいと考えた。
あれこれ悩むうち、ふと頭の中に浮かんだのは、地元で多くの人が足を運んでいたアミューズメント施設の情景だった。
「なぜ、あれほど多くの人が集まり、お金を使っているのか。その『構造』が気になって調べてみると一消費者の目線では分からない企業側の意図やお金の流れが見えるようになり、探求しがいがありそうだと本能的に感じたんです」
何が起きているのかをもっと知りたいと、まずは自分も列に並んでみた。1か月ほどフィールドワークとして足を使いながら考えていると、決まった顔ぶれがいることに気づく。今度はその人たちの行動を真似してみたり、声をかけて話を聞いたりした。続けるうちに、少しずつビジネス上の理屈や、ロジカルで合理的な構造が見えてきた。
「自分が思い描いた仮説があって、それが正しかったのか、あるいは全く見当違いだったのかを現場でたしかめる。その仮説検証を、当時は楽しんでいました」
偶然ではなく、再現可能な結果を得る。そのために構造で勝ち筋を見つけていく。そこにたしかな手応えを感じつつあった。

ようやく見つけた情熱の向かう先として、大学時代はビジネスの探求に多くの時間を費やした。その経験は、外資系投資銀行のサマーインターンでも話のネタになり、結果として1社目で内定を得て、就職活動は早い段階で終えることができた。
内定後は、月に1回ほど社員との食事会が設けられ、さまざまな話を聞く機会にも恵まれた。会う人は誰もが魅力的だった。優秀な人々がプロフェッショナルとして妥協せず働き、結果としてそれに見合った報酬を得る。ビジネスマンとして自分を磨くうえで、これ以上ない環境のように思えた。
しかし、それを上回り、心動かされる世界との出会いがあった。
「偶然シリコンバレーのスタートアップに関する記事を見かけたんですよ。当時は知識が浅かったので、そこで初めて、米国にはシリコンバレーという場所があって、僕が行こうとしていた業界にいた人がファンドなるものを作って、IT企業に投資していること、そのなかでGoogleのような企業も生まれてきたんだということを知ったんです」
興味を持ち、日本のスタートアップ事情を調べてみると、freeeという名前がヒットした。当時は100億近い資金調達をしていたタイミングであり、優秀な人が集まっているようだった。学生ならどうせ話を聞くのはタダだ。そう思い、新卒採用にエントリーしてみることにした。卒業直前の冬、1月頃のことだった。
「結論、この会社に入りたいと思っていたんですよね。若干青臭い感じもあるのですが、僕が内定していた業界出身者のなかでもトップクラスに優秀な人たちが集まっていて、その人たちがミッションに向かって本気で取り組んでいる。しかも、スマートで頭が切れるタイプだけではなく、たたき上げで相対するとものすごく迫力がある人もいて、ビジネスマンとしていろいろな磨かれ方がある環境だなと。スタートアップらしいカオスさに感情もごちゃごちゃにされた結果、最後は心に従って入社することにしたんです」

はじめはインサイドセールスの研修を受け、そこから一人の部長につき、アナリストのような役割を担いながら、ひたすら鍛えられた。
「最初の上司とはいまだに仲が良くて、その後freeeで専務になった方なのですが、その方と出会えたことが、本当に幸運だったなと思っています。組織とはどんな風に運営していくもので、KPIはどう設計し、評価基準はどう作るのか。そもそもビジネス全体の中で、自分たちの部門がどんな位置づけで何を期待されているのか。そうしたことを無邪気に質問すればするほど、毎日インプットできる環境がありました。意見を出すと建設的にディスカッションしてもらえたり、普通は1年目で得られないような視座やレベル感のテーマについて、高い解像度で学べたので恵まれていたと思います」
半年ほどが経った頃、上司が新たな部門立ち上げに向かうことになった。一緒についていくか、それとも今いる部門に残り、より広い範囲を引き継ぐか。選択を委ねてもらえたので、残ることを選んだ。
「すごく正しいビジネスモデルで事業運営されていたけれど、部門としては目標達成できていないという状況があって、これをやりきりたいなと。当時インサイドセールスの部門としては結局チームの稼働率が1番重要で、平均コール数をどう増やすかをキードライバーとして見立てていました」
100名規模の組織で、新卒1年目が言葉だけで訴えても、なかなか動いてもらえない。だからこそ、自分自身コールチームの一員として電話をかけ続けながら、部長や隣接部門のメンバーまで少しずつ巻き込んでいった。
「もうこれはみんなやっているし、やるしかない。そんな空気ができて、純粋に組織全体の士気が上がっていったんです。全体のコールボリュームも1.5倍くらいになって、目標達成することができた。戦略やKPI設計も当然重要ではありますが、最終的に結果を左右するのは人のモチベーションなんだということは、自分の中ですごく心に残っていますね。いかに着火して組織を盛り上げて、アクションを増やすか。これは今PLAINERという会社においてもすごく意識しているポイントになっていますし、実体験として学べた経験でした」
いわゆる「たき火理論」で語られるように、最初に燃えやすい木に火をつけ、その熱を少しずつ周囲へと広げていく。一人の力では達成できない大きな目標を組織で成し遂げるには、何より人の心に火をつけることが不可欠なのだと身をもって知ることができた。

2年目の春からは、さまざまな選択肢の中から、個人事業主向けのモバイルアプリ事業の責任者を引き受けた。何より大きな裁量権を持って、事業成長に向き合えることに魅力を感じたからだ。
「自分が責任者となって、開発チームともやり取りしながらプロダクトの方針や優先順位にも影響を及ぼせる。社労士事務所や税理士事務所とアライアンスを組むのも自由ですし、大きな予算を持ちながら、いろいろな部門と連携できる。事業成長のために自由に動ける環境だったので、ものすごく幸運な機会だなと感じて、やらせていただくことにしたんです」
歴史のある事業だったこともあり、まずは定量的な分析から着手した。すると、顧客の流入自体は多いにもかかわらず、アプリをダウンロードした顧客の9割以上が、有料契約前に離脱している現状が見えてきた。
理由は至ってシンプルだと推測できた。確定申告を税理士に任せるより、安く自分でできるなら試してみたい。そんな気持ちでダウンロードした顧客がアプリを開くと、ホーム画面にぽつんと到達する。確定申告を試そうにも、前段となる初期設定が必要で、そのやり方はよく分からない。サービスの核心的な価値にたどり着くまでが遠すぎるために心が折れ、離脱してしまう人が多いのだろうと、データからも判断できた。
もともと母親がクリーニング店を営んでいたこともあり、「スモールビジネスを、世界の主役に。」というfreeeのミッションは、他人事には思えなかった。もっと多くの人に、製品の真価を体感してもらいたい。そんな思いもベースにあった。
「freeeという会社や製品には、実は個人的な思い入れも結構あって。これだけいい製品があって、みんなが真剣に価値を伝えようとしているのに、すんでのところで9割のお客様が離脱してしまっているのがもったいないし、ビジネスとしてもオポチュニティがあるなと考えて。まずこれをなんとかするために、アプリのホーム画面に到達するまでのあいだにチュートリアルを設け、ダウンロードしたお客様に、ある意味強制的に主要な機能を体験してもらえるようにしたんです」
いわゆる「Wow(ワオ)」と感じてもらえるような機能を触ってもらうため、チュートリアルを用意する。それには、エンジニアのリソースを大きく割いてもらう必要があった。
当初は「本当に成果につながるのか」と反対の声も少なくなかったが、エンジニアチームのフロアで一緒に働いたり、有益だと思われる情報を共有したり、とにかくあらゆる手を尽くしていくうちに、一人月だけリソースを使わせてもらえることになった。
「定量的なファクトと定性的な部分、『とりあえずよく分からない2年目だけど、ちょっと助けてあげようかな』と思ってもらえる信頼関係の構築と、いろいろやりながら徐々にチュートリアルの範囲を広げていったら、実際に1.7倍くらい契約率が向上したんです。そうすると、さらに多くの予算をもらえるようになって、最終的に事業としては300%近い成長を達成することができました」

仕事に没頭し、1年目から濃い経験をさせてもらうなかで、日々の満足感から起業への思いはやや薄れかけていた。再びそのことを思い出したのは、偶然起業を考えていた友人からアドバイスがほしいと声を掛けられたタイミングだった。
「土日にいわゆる週末起業のような形で、彼らと一緒にアイデアについて議論を始めたら、気づけば自分が1番熱量が高まっていて(笑)。結局、友人2人は起業しないという話になったのですが、自分はもう会社に『辞めます』と言ってしまっていたんです」
このまま会社に残るとすれば、きっと楽しいだろうと思えたが、だからこそ今踏み出さなければ、もう2~3年は残ることになるだろうという予感があった。業務としてもちょうど繁忙期を過ぎていて、今がその時だと思えるタイミングだった。
週末起業をともにしていた友人からは、それぞれエンジニアを紹介してもらい、最初は3名で始めることにした。2019年、PLAINER株式会社を創業。事業のアイデアは登記後に固めていった。
「何の経験もないなかで、思いつきのアイデアで成功できるほど甘くないだろうとは思っていました。だから、それなりに地に足のついた領域で始めようと考えていて。当時freeeがBtoB向けSaaSで日本でトップを走っているような会社だったので、自分がやるとすれば、そこで学んだことや感じた課題感をベースにスケールできそうなものを選ぶべきだなと。このぐらいの制約をかけた方が、うまくいくだろうと思っていました」
いくつかの事業を検討していたが、最終的には自身の原体験となるチュートリアル、プロダクトデモによる製品価値の伝達を軸として選んだ。ソフトウェアの売り手にも買い手にも貢献しうる、その可能性に賭けていくことにした。

PLAINERのメンバーと
これまでの経験を振り返りながら、一貫してきた意思決定軸について小林は語る。
「自分で目標を決めることと、それをできるだけ高く設定すること、そしてそこに向かって歩みを止めないこと。この3つが維持されていれば、おそらくどんな目標も達成できるんじゃないかと考えています」
目標を設定し、より高く更新しつづける。この構造を楽しく取り組めるかどうかが、人が何かを実現するうえで重要になる。そんなことを小林は身近な例から学んだという。
「小学4年生のとき僕がサッカーで挫折した話には、実は続きがあって。僕にその挫折経験をくれた彼は、高校3年でJ1チームの10番になって、本当に早熟の天才という感じで、いまだにトップクラスの選手としてJ1でプレーしているんです。でも一方で、当時僕と同じような立ち位置にいながら、そこから彼を追い越してワールドカップに出場した人がいて。それを知ったときに、ある瞬間だけを切り取って絶望するのって本当にもったいないなと思ったんですよね」
目の前の結果だけで自分を判断しない。時々の状況に合わせ、視点や行動を更新しつづける。そうした姿勢が、長い時間軸で結果の明暗を分けていく。
実際に行動に反映していくためには、瞬間瞬間に適応していく能力のようなものが必要だ。スタートアップのような組織においても、それはしばしば求められる能力である。
「誰しも感情はありますが、あくまで客観性を持って、自分や環境を冷静に見ていくことが大切だと思っていて、それができる人は『適応し、変化しつづけられる人』だと思います。会社がスピード感をもって成長していくなかでは、状況が刻一刻と変わり、新しいチャンスも次々に生まれてくる。その波を乗りこなすような感覚なのですが、そういうことに自信がある人は、弊社のような成長しているスタートアップでチャンスを掴みやすく、活躍しやすいのかなと思っています」
高い目標を見据えながら、変化に適応しつづける。その積み重ねが、結果として大きな差を生んでいく。社会を変えるようなイノベーションも、ほんのわずかな差の集積に過ぎないといえるのかもしれない。

2026.5.22
文・引田有佳/Focus On編集部
ある瞬間の結果だけで、自分の可能性を見極めてしまうことがある。けれど人生の長さは、その一瞬よりもはるかに長い。
判断は、いつもその時の自分によってなされる。けれど、その時の自分は、明日の自分と同じとは限らない。視点を更新し、見える景色を変えつづけていけば、人の歩みは思っているより遠くまで続いていくものではないだろうか。
PLAINERが掲げる「テクノロジーを、愛すべき存在へ。」というビジョンは、届くべき価値を、届くべき人のもとへ届けきる挑戦だ。問われているのは人の意志ではなく、価値と人のあいだにある道のりだ。
挫折をあるがままにせず、在るべき道筋を設計し、作り出す。同社の挑戦は、人が何かを諦めずに済む構造を、社会に編み直していくのだろう。
文・Focus On編集部
PLAINER株式会社 小林大
代表取締役CEO
神奈川県出身。上智大学法学部卒業後、freee株式会社に新卒入社。初期配属のインサイドセールスチームで、50名中トップの成績を残した後、事業戦略として計画/戦略の策定から実行までを担当し、所属した全期で目標達成。その後モバイル版freeeのビジネスオーナーとして、YoY300%の成長を牽引。その際、プロダクトを活用した顧客コミュニケーションのインパクトを知ると同時に実行ハードルの高さに大きな課題感を持った。この経験をもとにPLAINERを創業。
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