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染谷剛史
株式会社HataLuck and Person  
代表取締役CEO
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or経営者はM&A前後で何を目にし、何を思い、そして選ぶのか。「M&Aの再編集」は、自ら事業経営/M&A/PMIを経験するM&AナレッジカンパニーGOZEN代表・布田尚大氏による連載コラムです。売却額でも実務ノウハウでもない、新たな視点からM&Aのリアルを語り直し、その先のビジネスや人生を考えるヒントをお届けします。
布田 尚大
M&AナレッジカンパニーGOZEN代表。2022年、3年間経営したボディポジティブなランジェリーブランドfeastのバイアウト。取締役社長としてPMIに従事し、事業を成長を実現。GOZENを立ち上げ、老舗百貨店高島屋、Forbes Japanでアワード受賞企業、M&A時24歳の若手起業家の事業など、幅広いM&Aの成約をサポート。ハフポスト日本版、M&A Onlineなど、取材・執筆実績多数。
「わたしの会社はいくら位で売れそうでしょうか?」
自分の事業の売却を考える起業家とのミーティングで、必ず出る話題。自らの人生の一部を注ぎ込んだ結晶だ、当たり前である。
この問いに対し、M&A事業者はいくつか回答をもっている。コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチ、DCF法、年買法といった事業や株式の価値を計算する方法がある。メディア事業は営業利益のx倍、みたいな相場感を参考情報で伝えることもある。高校数学の初歩レベルではあるけど、数列を使った算出方法もあったりして、一見するとすごく緻密な算出が行われることもある。
でもしかし。
GOZENをはじめて3年経つけど、このように論理的、知的に算出された金額を金科玉条に議論が推進したことは、実は、あまりない。算出はするけれど「根拠はないけど売り手の強い要望」「年度内の新規事業への投資予算内」「稟議の通しやすさを勘案し、5億円以内で」といった事情が価格決定に影響を与えることも多い。
ビジネスモデル分析やら財務諸表の精査やら、さんざん小難しい作業をしておいて、最後は「いやー、弊社の今期予算がこれしかなく..。なんとかこれでお願いできたりします?」的な取引が行われているケースもあるわけだ。
GOZENは比較的小規模の案件に携わらせていただくが、この本では、ゴールドマンサックスでも似ている話があることが、載っていたりする。
「え、そんなにざっくりなの?」M&Aにまつわる不都合な真実。特段理不尽とは思っていない。GOZENもその議論に則り、ディールを進めることも多い。リアルなビジネスの現場なんて、冷静にそんなものだろうと思っている。
でもM&Aに関わったことのない人からすると、少しびっくりするのではないだろうか。あまり使用価値がないなら、事業価値評価は意味ないんだろうか。「売却価格は、ざっくり営業利益の数倍ですかねー」が早くて楽でいいのだろうか。
20世紀を代表する画家、ピカソはめちゃくちゃ絵がうまかった。一般的なイメージといえば、「ゲルニカ」や「アビニヨンの娘たち」などに代表されるエキセントリックな画風だ。
でも、実は若い時に、写実的な絵も描いている。美術学校の教師だった父から美術教育を受け、幼少期から絵画を執筆。16歳の時に、緻密な油彩画でマドリードの全国美術展入賞を果たしている。事物を正確に描く能力も非常に高かったわけだ。
多くの人が「ピカソ」と聞いてイメージする画風は50代になってからのものだ。

フアン・グリス「パブロ・ピカソの肖像」1912年、シカゴ美術館所蔵
自分は、このピカソ的な文脈で事業価値評価・バリュエーションの理論、算出は大事だと思っている。例え実際の交渉での効力が、思っている以上に少ないとしても。
理由の1つ目は、売り手と買い手の納得感、対話の土台になるからだ。様々な算定方法で価値を算出して、その上で値下げ・値上げ交渉をする方が、売り手、買い手双方のM&A後の人生と事業展開への本気度や視座が異なると思っている。M&Aした後も、売り手起業家の人生、手放す事業は続く。テキトーに売ったもの、ざっくりで買ったものを大切にするのは難しい。
2つ目は、このような実直な態度が、株式市場の適切な発展、GOZENが目指す経済成長と文化性、社会性の両立に寄与するからだ。未上場の株には、流通のベースとなる市場価格がない。売れるかは別として、GOZENの株は100%株主の自分が100万円だと言えばそうなるし、10億円だと言えばそうなる。実体経済と金融市場の成長率のズレの一要因は、この手のバリュエーションだ。M&Aを飛び道具にしないで、社会貢献性のあるツールにしていくためにも、真摯な態度は絶対に大事だ。
3つ目は、こういった愚直な態度の先に、バリュエーションの計算方法の進化がありうると思うからだ。AI時代、想像をはるかに超える精度で、企業価値の算出が可能になるかもしれない。「パーパス」「ソーシャルインパクト」「ブランド」「スタッフの人間性」そういった定量化しづらいけど絶対に価値がある無形資産を、フェアに評価できる時代がくるかもしれないし、それに貢献したい。全てを金銭価値にする必要はないかもしれないけど、それに向き合ったからこそ、展開できる議論があると信じている。
法人のフェアトレードは、GOZENにとってすごく取り組みがいのあるイシューである。
2026.3.5
文・布田尚大/M&Aナレッジカンパニー GOZEN
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