目次

インドでJKが見たかっこいい大人像は「起業家」だった / 髙橋史好×GOZEN布田対談(前編)

16歳まで群馬県で生まれ育ち、両親はともに教師。堅実で不自由のない毎日だが、どこか窮屈さを感じていた高校2年の夏、髙橋は単身インドへと渡った。道端に生きる商魂たくましい露天商、札束を惜しみなく使うきらびやかなミリオネアたち、その激しいコントラストの中に身を置きながら、漠然と心に育ったのは「起業家への確固たる憧れ」だった。


Z世代の女子高生がインドで過ごす日常を、スマートフォンのレンズ越しに映したTikTokは瞬く間に数百万という再生数を稼ぎ出し、帰国後は群馬にトゥクトゥク(東南アジアの三輪タクシー)を走らせた。慶應義塾大学に通うかたわら、2020年からインド向けYouTubeチャンネルを開設し、2週間で収益化達成。登録者数17万人を越えた2022年、同事業を国内スタートアップ企業へと売却し、翌2023年、インバウンド向けガラスリングのD2Cブランド「TOKYO LOLLIPOP」を立ち上げた。


Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZENが送る連載「ソーシャルM&Aという人生戦略」。第4弾インタビューとなる今回は、連続起業家として歩みをはじめた髙橋の人生と商売観に迫る。(聞き手:GOZEN代表 布田尚大)



Focus On×ソーシャルM&A®︎ファームGOZEN共同企画「ソーシャルM&Aという人生戦略」では、社会課題解決を目指すソーシャルビジネスや、クリエイター発の美意識あふれるスモールビジネスの領域において、M&Aによって事業、そしてライフキャリアの可能性を拡張させてきたアントレプレナーたちの生き方や意思決定に迫ります。




▼前編(本記事)

インドでJKが見たかっこいい大人像は「起業家」だった / 髙橋史好×GOZEN布田対談

▼中編

YouTubeチャンネルを2年でM&A、幸せの定義とは / 髙橋史好×GOZEN布田対談

後編

「自分のスタンダードから始める」Z世代の経営論 / 髙橋史好×GOZEN布田対談



世間では「反抗期」、家では「大事件」だったインド渡航


布田尚大(以下、布田):既にものすごく面白いキャリアだなと思うのですが、なかでも1つインドという要素がやっぱり大きいなと思っていて。そこに至った背景と、インドを選んだ理由はなんだったんですか?


髙橋史好(以下、髙橋):大きく2つあるかなと思っています。1つがカジュアルに言うと反抗期なんですが、うちの場合は両親ともに学校の先生で、年間合わせて300人ぐらいの学生たちの進路を見送っているんです。だから、日頃生徒に「こうあるべき」と教えている立場の2人が自分の子どもでうまくいかない、子どもが生徒指導に呼び出されるなんてことは我が家ではもう一大事件というか、親もすごくプレッシャーに感じていて。私も私で「先生の娘なのに」と言われたりと、結構切羽詰まっていて。


よく「インドに行ったら人生が変わる」みたいな話がありますし、あと少しぎゃふんと言わせてやりたいというメラメラとした反骨心でインドを選んだという背景がありました。


髙橋 史好
2000年生まれ。群馬県出身。高校在学中に単身でインドへ。16歳の時、インド人起業家との出会いがきっかけで起業を志す。在学中に「インドJKの日常」というテーマでTikTok の運用を開始。慶應義塾大学に進学後、群馬県でトゥクトゥク(東南アジアの三輪タクシー)の走行を目指し” TUKTUKing” プロジェクトを開始。2020年に開設したインド向けYouTubeチャンネルは2週間で収益化達成、登録者17万人突破。2022年、同YouTube 事業を日本のスタートアップに売却。2023年、インバウンド向けガラスリングブランド「TOKYO LOLLIPOP」を立ち上げ。



もう1つはすごく良い環境で育ててもらったとはいえ、2人とも公務員だったこともあり、欧米圏への留学は物価が高くて選択肢に入らなかったんですね。調べ尽くしたところ、インドに安価で滞在できる機会があったので、見つけた時にもう「絶対行く!」とビビッと来て。親はもう大反対だったのですが、漠然と群馬から出たいとはふつふつ思っていたので、結局は私も引かずに押し通しました。


布田:「インドに行く」ってある種テンプレのようなところもあって、やっぱりそこに行くと本当にヒッピーっぽくなって帰ってくる人とか、GAFAでもスティーブ・ジョブズやマーク・ザッカーバーグが一時期インドを訪れていたりしますが、髙橋さんはインドでどんな経験を経て今に辿り着いたんですか?


髙橋:たしかにインドで影響は受けたのですが、改めて思うと「あまりインドの人っぽくない」と言われることも多いです。なんでだろうと考えると、やっぱり自分の幼少期育った場所や出自がものすごく普通なんですよ。根はすごく真面目ですし、15年ぐらいは毎日きちんと学校に行って学級委員とかやるタイプだったので、リスクを取るとか誰かに迷惑をかけることにソワソワしてしまうような堅実タイプだったんですね。


だから、たしかにインドに行って、群馬の高校生という幅を越えてフラットにいろいろな人と関わる機会は増えたのですが、その1年で根本の人格が変わるとか、ガラッと思想が変わるとか、急に視座が上がる、たとえば主語が自分以上の日本とか世界になるようなことは起きなかったなと思います。


私にとって何がインドで一番衝撃だったかと言うと、初めて起業家(アントレプレナー)という存在に出会って、こういう生き方があるんだと知ったことだったんですね。それまで自分が知っていたかっこいい大人のロールモデルといえば、両親と同じ学校の先生か、銀行員、県庁職員さんだったので、その対局の存在を目にして衝撃でした。


「起業家への強烈な憧れ」という原動力


布田 尚大
ソーシャルM&A®️ファームGOZEN代表。スモールビジネス、ソーシャルビジネスの経営とM&Aが専門。2022年、3年間経営 したボディポジティブなランジェリーブランドfeastの事業グロースとバイアウトを実現。現在株式会社feastにて取締役社長としてPMIに従事。株式会社水中メンター/2018.2019年渋谷ファッション&アート専門学校 非常勤講師/日本マーケティング学会会員。一橋大学 社会学部/同大学院 社会学研究科修士課程修了。WSD28期ワークショップデザイナー。1983年東京生まれ。


布田:面白いと思ったのが、憧れというエンジンだけでやりきれない人って結構多いと思うんですよ。でも、髙橋さんはやりきれる人なのかなと思っていて、そこってどう憧れでうまく人生を切り拓いているんですかね?


髙橋:これも癖だと思うのですが、1回始めたら絶対にやめてはいけない家庭だったんです。小学校1年生ぐらいからラグビーを始めた時も、本当にタックルは痛いし、毎週毎週行きたくないと泣いていたのですが、両親は6年生までは絶対にやめさせない方針で。「1回言ったことや掲げたことは達成しなさい」という家庭で育ちすぎて、事業にかかわらず割と根性がある方だと思っています。


ここまで何とかやってこれたのも、優秀だからとかではなく、ただ途中でやめなかったからだなと感じています。YouTubeもそうですね。コンテンツがものすごく尖っていて、唯一無二だったかと言うとそういうわけでもない。ただやめずに2年間200本動画を上げつづけたから、登録者が17万人になったなと思うんです。


あとは、それこそ挑戦の過程で小さくても誰かを幸せにしたフィードバックがあるとすごく嬉しいですし、こういった機会もそうですが、今自分が挑戦者ではなかったら、交わることのなかった方と時間を共有できたりすることは、幸せで走りつづけられますね。


布田:幼少期の歴史も大きいんですね。マネタイズと夢のバランスみたいなところで悩んだりはしなかったんですか?たとえば、自分が本当に可愛いと思うものを作りたいとか、一方で稼ぎたいとか。


髙橋:やりたいことと商売の両立みたいな話で言うと、この意識もやっぱり幼少期の経験に戻るのですが、群馬とインドの生活、両方があってこそ今のハイブリッドな価値観があると思っています。


現在も足繁くインドに通い、事業を推進


たとえば、中高時代はテストの点数を気にするとか、近所の誰々がどこの高校に行ったとか、そういった話題が普通にある小さなコミュニティで生きてきたから、数でフィードバックが返ってくることとか、万人に分かる指標で評価されることに抵抗がないんですよ。むしろ、分かりやすくて心地良いというか。


だからこそ、事業をやる上で規模の成長にフォーカスするとか、あとはYouTube時代も数字を伸ばすということに対して、葛藤は少なかったです。自分のやりたいことをやることと、数字を大きくして社会のフィードバックを受けるということは別軸ではなくて、ベン図で言うと割と重なり合っていた。好きなことの規模をもっと大きくして、多くの人に知ってもらいたいみたいな思いですね。クリエイターっぽさはあるんですが、それでいながら数を伸ばすことへの興味もあったから、うまい具合にそれがハマって結果的に良かったなと思います。


一方で、ただ規模を大きくすることだけが興味範囲ではないので譲りたくない軸のようなものは決めています。やっている自分が嫌いになる事業はやりたくないですし、納得感を持って決めた期間はやめずに胸を張ってできることをやる。この軸だけは大切にして、その中で成果を広げられるものという掛け合わせで考えて、健康に事業ができるように意識していました。



大志を掲げなくても誰かを幸せにできる


布田:数字の部分から少し視点を変えて、社会にとって良いことをするけど儲からないとか、逆にすごく儲かってお金持ちなんだけど社会にとって良いかは分からないというビジネスもあるなかで、起業するにあたって意識したことはありますか?


髙橋:それはすごく難しくて、私は起業家としての持ち物が何もなかったので、入れるアクセラレーターは全部応募しましたし、いわゆる都内にある若手起業家コミュニティもだいたい見ていたんです。そこで感じたことは、やっぱりビジョンを掲げることが得意な子や、社会課題と向き合える子が今はとっても多いということでした。だから、主語が"社会"ではなく、"自分"で留まってしまう自分が俗っぽいというか、少し薄いなと悩んでいたんです。


考えても考えても自分が楽しいからこの事業をしているだけでしたし、言ってしまえばもう起業家という職業への憧れとか、インドで見た生活への憧れだけだったので、昔はコンプレックスを感じていました。


でも、悩みながらもとにかく継続していると、振り返った時に、結果誰かを幸せにしていることがあって。私の作ったメディアを見てくれたインド人の子が日本で働きたいと言って、実際に日本で就職が決まったりとか、トゥクトゥクが走っているのを大喜びしてくれた子どもたちがいたりとか。


最初から大志や「自分の人生のテーマとしてこれを解決する」みたいなものがなくても続けていたり、誠実に一個一個向き合っていれば、結果そういう尊いフィードバックが返ってくる。それによって満たされてきてからは、あまりコンプレックスを感じることはなくなりました。



布田:よく事業ってパーパスやビジョンを定めてそこに向かっていくという考え方が多いと思うのですが、ある種ミニマムのところだけあって、あとはやっていくうちに尊いものが生まれてくるって結構真理のようでもあり、面白いですね。


髙橋:あとは持ち物が少なかったので、できることは何でもやろうと思って。こだわりが強すぎても継続できる仕組みにはならないので、それはすごく考えます。(中編へ続く)


 POINT 
・ 憧れというシンプルで素朴な感情も、忍耐強くやり抜けば強い武器となる
・ パーパスやビジョンがなくても誰かを幸せにできる



2024.2.5

取材・布田尚大/ソーシャルM&A®️ファーム GOZEN

文・Focus On編集部

写真・竹中侑毅




▼前編(本記事)

インドでJKが見たかっこいい大人像は「起業家」だった / 髙橋史好×GOZEN布田対談

▼中編

YouTubeチャンネルを2年でM&A、幸せの定義とは / 髙橋史好×GOZEN布田対談

後編

「自分のスタンダードから始める」Z世代の経営論 / 髙橋史好×GOZEN布田対談



髙橋史好

concon株式会社 代表取締役/CEO

2000年生まれ。群馬県出身。高校在学中に単身でインドへ。16歳の時、インド人起業家との出会いがきっかけで起業を志す。在学中に「インドJKの日常」というテーマでTikTok の運用を開始。慶應義塾大学に進学後、群馬県でトゥクトゥク(東南アジアの三輪タクシー)の走行を目指し” TUKTUKing” プロジェクトを開始。2020年に開設したインド向けYouTubeチャンネルは2週間で収益化達成、登録者17万人突破。2022年、同YouTube 事業を日本のスタートアップに売却。2023年、インバウンド向けガラスリングブランド「TOKYO LOLLIPOP」を立ち上げ。

https://twitter.com/ppfumiko
https://www.instagram.com/mmfumiko/


今後の出店スケジュールは以下の通り(詳細は公式Instagramをご覧ください)
2024年3月1日~3日 渋谷MODI 4F
2024年4月10日~17日 梅田阪急百貨店 3F



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GOZEN オフィシャルサイト: https://gozen.drapology.jp/


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