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田淵康佑
株式会社βace  
取締役COO
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orそのアイディアは、古代エジプト以来約4000年続いてきた鍵の歴史に転換点をもたらした。IoT領域での先駆的スタートアップとして市場に迎えられたその会社は、早々に複数のVC・投資家から4.5億円もの資金を調達する。
経産省管轄NEDOの「研究開発型ベンチャー支援プログラム」卒業企業第1号でもある株式会社フォトシンス。その代表として注目の若手起業家、河瀬航大の「モノづくり」への果てなき原動力とは。
目次
あなたが子どものころ目に焼き付いた風景は何だっただろうか?
IoTベンチャーの先駆け、株式会社フォトシンスを創業した河瀬氏の場合は、故郷である種子島のマングローブ林だった。海水のなかに密集し育つマングローブの茂みには、トビハゼやコメツキガニなど無数の生き物が集まり、それだけで一つの生態系をなす。そこは好奇心旺盛な少年にとって、とびきり魅力的な遊び場だった。水面に反射する日の光と同じくらい、きっとその目は輝いていたはずだ。
理科が好きだった少年は大人になり、居酒屋で仲間とともにいくつもの発明品を生み出した。そのうちの一つがスマートロックロボット「Akerun(アケルン)」だ。2014年7月、日経新聞にプロジェクトが取り上げられるやいなや、問い合わせが殺到した。量産、出資、事業提携、すべてできる環境がそろっていき、河瀬氏は会社を興すことを決めた。
「期待を上回るようなこと、人を驚かせるようなことがすごく好きだったんです」
その思いの原点に立ち返る。
子どものころ感じた純粋なキラキラとした感情を「遊び心」と呼ぶならば、河瀬氏はそれが、いまに通ずるモチベーションになっている。
「小さい頃からアイディアマンと呼ばれることが大好きで。いろいろ悪いことや、いたずらやってきたんです」
最初のころの発明は、些細ないたずらのようなものだったという。
「幼稚園のころ“絶対ばれない落とし穴“をつくったときには、おじいちゃんが骨折しかけたり。勉強嫌いだったので、親が部屋の近くまで来たら赤外線がビーとなる装置とか。そうゆうくだらないものばっかり作ってましたね。勉強じゃなくて、親が近くに来ることを検知することに頭使ってましたね(笑)」
子ども時代からそんな風に人を驚かせては、反応を楽しんでいた。高校の文化祭では、シャボン玉の発生装置をつくって学校中をシャボン玉だらけにしたこともある。
純粋にモノづくりや、新しい何かに挑戦することが大好きだった。発明は人を感動させる。その喜びの感覚は、河瀬氏のいまを形作ったものの一つだ。
子どものころ勉強は嫌いだった。理科の教師だった父親の影響か、唯一大好きだったのはやはり、理科と数学だ。
「小さいころ種子島で過ごしていたので、よく理科研究をやっていてました。マングローブの自由研究をしていて、そこで生態系や生き物の生きてる仕組みを肌で感じることによって、世の中の仕組み、仕掛け、アイディアとか、そういうところにすごい興味をもっていきました。やっぱり理系の人間だったのかなという感じです」
自由研究のテーマにマングローブを選んだのは、単純に生き物が好きだったからだという。もちろん海で魚の研究をしても良かったが、魚は一カ所に集まっているわけではない。生き物が密集している、マングローブという自然のなかに籠もっているのが大好きだった。
「やっぱりマングローブとかで生物たちを見ていると、すごい自然の生態系って絶妙なバランスで成り立ってるんだなと実感したりして。親たちに聞くと、昔はもっといっぱいマングローブがあったと、魚たちがうじゃうじゃいたみたいな話を聞いていました」
大人になってから帰った種子島では、マングローブの面積が体感でも3分の1以下になっていた。子どものころの遊び場が、ゴルフ場ができて消えていく。そんなシンプルな「実感値」が、環境という軸で河瀬氏を突き動かしている。
河瀬氏の自由な発想力が活かされるのは、自然環境問題だけではない。それは、人がやっていない領域だ。
「何でもいいんですが、人がやってないことをやると、その時点で第一人者にすぐなれる。だから反応が得られるし、自分としての存在価値とか、バリューが一番発揮しやすいんです」
自分の存在価値を意識しだしたのは、高校時代だった。中学まではいわゆる優等生の部類であり、高校は鹿児島の中でもトップ校に入った。それまでは優秀であることや、勉強ができることがアイデンティティだった。しかし、どんなに勉強をがんばっても、それが当たり前の世界。褒められることも、期待されることもない。進学校で部活も強くないとなれば、生き残る術は勉強しかないように感じられた。
「生きるために勉強するみたいな、それがすごく嫌で、いくらやってもキリないなと。振り切っちゃって本当に好きなことだけをやろうと思ったんですよね、それが化学だったんです」
小さなコミュニティ内では、どうしても“教師の息子”として見られてしまうため、理科では満点を、期待を超えたアウトプットを目指した。窮屈さを感じていたが、好きなことに振り切ってからは、のびのびと自分の感覚を取り戻すことができたという。
人がやっていないことをやろうとすると、結果的に社長になる。だから、起業はもともと考えていた。
フォトシンスという社名は、地球上の生物の源となっている最も優れたシステム、光合成の学名<photosynthesis>に由来する。学術的な意味での光合成とは、光のエネルギーを利用して無機炭素から有機化合物を合成する反応のことだ。
「光合成はIoTにつながると思ったんです。IoTは、無機的なものをつなげて有機的なものにしていくことですから」
自分たちが成し遂げたいことはなんなのか、鍵もおもしろいが、決してそれだけではない。だから、サービス名と社名は同一にしなかった。
鍵を意識しない生活へ――そう唱うスマートロック「Akerun」は、人がドアに近づくだけで解錠される。グッドデザイン賞も受賞するほど洗練された本体機器は、ドアに貼り付けるだけで設置でき、入退室管理も行える。工事が必要な一般的な電子錠とは、一線を画す存在だ。
アメリカで開催されたスタートアップイベント「SF Japan Night」では、Skype・Twitterへの投資で有名な投資家Timosy Draper氏から審査員長特別賞を受賞している。
「約4000年前の古代エジプトで発明されて以来、鍵という概念は変化してこなかったんです」
その革新性が世に注目されたのは、ある種必然だったのかもしれない。
自然環境問題への思いも、一貫して学生時代から持ち続けてきた。
「いろんな切り口で考えていたんですけど、大学のころは放射線っていう切り口で考えてみたり。環境×ビジネスっていう切り口で考える学生団体に入ったりしていました」
環境×ビジネスという視点では、様々なプランが出ていたという。カーボン・オフセット*の概念を取り入れた事業も、そのうちの一つだった。(* 自分の温室効果ガス排出量のうち、どうしても削減できない量の全部又は一部を他の場所での排出削減・吸収量でオフセット(埋め合わせ)すること http://c-conet.org/8z4XrGより)
「たとえば、メールを送るとサーバーの電気料がかかってくるのを、オフセットでその分のお金を払って、プラスに払う。それをたとえば東南アジアに植林できるじゃないかとか。そうすれば自分が出したCO2をオフセットできるじゃないかという概念ですね。それをメールの署名とかに含むマークをつくるとか。いろんな事をやってましたね」
環境からIoTという領域に切り替わったタイミングというのはあったのか。
「IoTって幅広い領域なので、環境にも将来的にはいけるかなとは思っているんです。たとえば、Akerunで家に帰り着いたタイミングで自動的に電気がつくとか、家から出たタイミングで、シャッターも家も電気が全部シャットダウンされるとか」
便座が暖まるのも家にいる時間だけでいいし、冷蔵庫がキンキンに冷えてるのも家にいるときだけでいい。そんな風にIoTでつなぐことで、効率化・省エネを実現していくことができる。
河瀬氏の描く世界観「つながるモノづくり」は、まだはじまったばかりなのだ。
創業メンバー6人は、河瀬氏がガイアックス在籍時に、NPO理事や音楽系アプリ制作など、小さな発明プロジェクトに取り組むなかで出会った仲間だ。
6人の居酒屋での集まりから起業という選択が生まれたとき、そこにはある種の空気感があった。まさにTEDのプレゼンで有名になった映像「デレク・シヴァーズ『社会運動はどうやって起こすか』**」の通り、はじまりは裸で踊る一人の行動だったのだ。一人の突飛な行動を追従する者が、一人、また一人と連鎖的に増えていき、リーダーが生まれ、ムーブメントが起きた。
「IT側から集まってきて、怖いもの知らずなので。人生一回きりだよね、やらないの?もう俺らやるよ?みたいな。最後はパナソニックにいたメンバーも、会社を辞める選択しました。大きな決断ですよね」
河瀬氏が起こした行動に対し、まず周囲の仲間が続き、最終的には経産省まで動かす一つのムーブメントが起きた。常に社員に希望を与える起業家であり続けたいと、河瀬氏は語る。
「起業家になるか経営者になるかという話がありますが、僕は起業家でありたいと思っています」
既にある事業を成長させるだけでなく、自ら0を1にする働きをするのが起業家だといえる。まだ誰もやっていない領域で新しい価値を生み出し、それを繰り返していくこと。すなわち、フォトシンスの社長として感動を生むプロダクトを作り続ける、そんな起業家として河瀬氏は社員を導いていく。
リーダーだけでなく、チームとして突き抜けた新しい価値を創造し続けるために、フォトシンスでは裸で踊るような行動を推奨する。新しい行動や考え方・価値観は、最初から万人に受け容れられるとは限らない。そんな可能性を最大限拾っていくために、同社には褒める文化がある。
「できるだけ褒めるようにしています。小さいことでも大げさに、失敗してもねぎらいを。学ぶことはあると思うので」
理想とするのは、自ら主体的に動ける組織だという。そこでPDCAをいかに早く回すか。PDCAということは、失敗が当たり前のようにある。そのたびピボットしていくことになるが、それをいかに自分事でとらえられるかで結果は変わる。
エンジニアにとっても、自発的な空気は大切だ。結果として、ユニークな発明品が数多く生み出されているという。
「Slackで『開けて』と送れば、Akerunを開けられる仕組みがつくられてます。『開けろ』と送ると開かないんですが、また『開けてください』と送ると開けるだとか(笑)。あとは、Amazonダッシュボタンを押すと、Akerunが開くようにしてみたり。オフィスでは、楽しくゆとりある時間を過ごしてもらいたいですね」
発明家集団であり続けたい。その思いがあるからこそ、フォトシンスでは思いも寄らない発明を推奨し、そんな発明をしやすい環境をつくり、発明家の集団がムーブメントを起こしていく公式を創り出しているのであろう。
2017.07.10
文・引田有佳/Focus On編集部
「やってみなはれ」
「やってもせんに。とべ(やってもないのに。いけ)」
これは、サントリーの創業者・鳥井信治郎の開拓者たる精神のための言葉(上)であり、本田技研工業の創業者・本田宗一郎の不可能にしか思えないものを現実にする言葉(下)である。
すなわち、世に新たなものを生み出し、世を変えていくムーブメントの「はじまりの瞬間」にある言葉だ。
1997年クレイトン・クリステンセン氏の「イノベーションのジレンマ」は、まさにそのイノベーションが生まれる環境の冥利を説明した。イノベーションを、「従来製品の改良を進める『持続的イノベーション』」と「従来製品の価値を破壊して全く新しい価値を生み出す『破壊的イノベーション』」に分け、巨大な優良企業が新興企業に敗北する節理を説明した。
昨今の日本でも上記の事象は多く目にするようになっている。イノベーションを起こし続けるためには既存の技術や価値にとらわれず、不確実性が高いことをやり続け、新たな技術や価値を生み出さなくてはならないことは今の世の中も教えてくれているように感じる。
ただ、「不確実性が高いこと」を行い、新たなものを生み出すためには、その「不確実性」に対し鋭意歩みをすすめていく心のありようが大切になるように思える。
それを教えてくれているのが、かの先人達なのだろう。「やってみなはれ」「やってもせんに。とべ」と。
フォトシンスは、イノベーティブ・発明家であり続けることを、その「血」からもつ人々の集団である。そのための「正義」を貫く風土をもっている。「不確実性」に対して寛容な風土がある。
河瀬氏は幼少期から「新たなこと・人がやっていないこと」を「遊び心」をもってやり続けてきた。発明の「血」が流れている。「発明」のネイティブ、「人がやってないことをやること」が母国語になっているのである。朝日が昇り目を覚ますように、ごはんを食べるように「やってみる」ことがバイオリズムとして存在し続けている。
それは組織にも繁栄されている。だから4000年の歴史をも覆すイノベーションが生まれる場になるのであろう。
歴史がはじまる「瞬間」と「瞬間」がここにはある。
文・石川翔太/Focus On編集部
株式会社フォトシンス 河瀬航大
代表取締役CEO
2011年、株式会社ガイアックスに入社。事業責任者として大手企業を中心にソーシャルリスニング・マーケティングを行う。また、ネット選挙の専門員として、多数のTV出演・講演活動を行う。「facebook 知りたいことがズバッとわかる本(翔泳社)」執筆。2014年、株式会社フォトシンスを創業、代表取締役社長兼CEOに就任。スマートロックロボットAkerunを主軸としたIoT事業を手掛ける。また世界的ハックイベント「GreenHackathon」(自然環境×IT)を日本で主催している。
**デレク・シヴァーズ『社会運動はどうやって起こすか』
https://www.ted.com/talks/derek_sivers_how_to_start_a_movement?language=ja
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