目次

物流の課題に、垣根を超えた「標準インフラ」を ― 支える志から生まれる未来

景色を変えるたび、心動く知らない世界が待っている。


「物流の仕組みを、未来へ加速させる」というミッションを掲げ、社会の根幹を支える物流業界の課題解決に挑むトラボックス株式会社。同社が運営する物流DXプラットフォーム「トラボックス」は、トラック運送業を営むうえで必要な情報を一つのプラットフォーム上に集約し、運送業務にかかる事務作業がワンストップで完結することを目指している。なかでも荷物の運送を希望する運送会社や荷主と、空きトラックを保有する運送会社をマッチングする求荷求車サービスは、25年以上の運営実績を持ち、累計運送会員数は24,000以上、年間の荷物情報登録件数は385万件*と、国内最大規模となっている(*2025年実績)


代表取締役の皆川拓也は、大学卒業後、KDDI株式会社に入社した。コンシューマ向け固定回線販売、ISP(インターネットサービスプロバイダ)との拡販連携などに従事したのち、2014年より新規事業部門にてスタートアップ支援プログラム「KDDI ∞ Labo」の企画・運営を統括。2018年、CBcloud株式会社に取締役CSOとして参画後は、軽貨物配送業界の変革を進めるため様々な業種の企業とのアライアンスを実現した。その後KDDIを経て、2022年にトラボックス株式会社へ入社し、事業部長などを歴任したのち、2023年5月より代表取締役に就任した。同氏が語る「行動の指針」とは。






1章 トラボックス


1-1. 物流の仕組みを、未来へ加速させる


いわゆる「荷物が届かなくなる世界」は、少しずつ現実味を帯びている。たとえば、翌日に届いていたものが翌々日になる。そんな小さな変化が、既に見えないところから始まりつつあると皆川は語る。


慢性的な人手不足だけでなく、EC需要の増加に伴う多頻度かつ小口配送の増加、働き方に関する法規制への適応、燃料費の高騰など、物流業界が直面する課題はどれも構造的だ。


創業から25年以上、そんな物流業界とともに歩んできたトラボックスは、2019年11月にVisionalグループの一員となった。2023年に代表取締役に就任した皆川は、同社だからこそ提供できる価値に焦点を当てているという。


「創業から25年以上大切にしてきたコアの部分は残しつつ、M&Aを経たからこそできることをやっていきたいと考えてきました。たとえば、弊社が創業当初から提供する『求荷求車』サービスは、荷物を運んでほしい会社と運びたい会社をマッチングするものですが、そこでは初めての取引先や、一度に多くの取引先と出会うことになります。きちんとお金を回収できるのか、回収の手間が増えるのではないかといったお金周りの不安に対して、『おまかせ請求』という金融サービスをリリースするなど、求荷求車だけでなく、運送会社様の業務全体を支援するプラットフォームとしてサービスの拡充を続けています」


同社が提供する物流DXプラットフォーム「トラボックス」は、取引先を開拓する求荷求車サービスから始まり、取引先管理から受発注、請求書発行/受取など、運送会社の業務を包括的に支援するサービスへと進化を遂げてきた。


なかでも、貸し倒れや未入金といったリスクへの保証、カード後払い、ファクタリング*など、資金繰りに直結する各種金融サービスは、Visionalグループの基盤があるからこそ実現できたものでもある(*企業が保有する売掛金を期日前に売却し、スピーディーに現金化する資金調達サービスのこと)


2025年には物流業界以外にも対象範囲を広げ、同時にブランド名を「Finto」へと刷新した。


「中小の運送会社様に『トラボックス請求受領』などを提供していくなかで、金策や資金調達に苦労されている中小企業は、この業界に限らず多いはずだと考えたんです。物流における金融サービスとして変わらず提供しつつ、同時に日本の中小企業全体へと広げることで金融面での選択肢が広がり、成長に寄与できるのではないかと思い、『Finto』ブランドとしてホリゾンタルに展開していくことにしました」



これまで築いてきたプラットフォームとしての価値を磨きつつ、これからの時代に必要な仕組みやソリューションを創出していく。そのために同社では、より規模の大きな運送会社や、荷主となる大手企業にも働きかけ、新たなモデル構築にも取り組んでいる。


2026年2月、「フィジカルインターネットアワード2026」優秀賞を受賞した取り組みも、その一環だ。


「建設現場に必要資材が届かなくなると、作業が進められず工期が延び、コストが上がってしまう。これまでは大手ゼネコン各社が個別で輸送力を確保しなければならず、結果として『多重下請け』構造が発生する一因にもなっていました。この課題解決に向け、荷主様から運送会社様までをデジタルでつないで情報の分断を解消する『垂直統合』と、ゼネコン間で輸送網を共有する『水平連携』を実現するプラットフォームにしたいと考えています」


個社との連携を超え、業界全体を変革する「標準インフラ」の構築へ。他業界への応用も見据えながら、将来的には社会全体の物流最適化を目指していくという。


「『新しい可能性を、次々と。』というVisionalのグループミッションがあるように、トラボックスとしても物流の現状に対してやるべきことをやる。より良い世の中にするために、必要なテクノロジーや仕組みを生み出していく会社でありつづけたいですね」


物流から、日本を支える。その志が、トラボックスの歩みを前へと動かしている。


一般社団法人フィジカルインターネットセンター(JPIC)が主催する
「フィジカルインターネットアワード2026」パイロットプロジェクト部門で「優秀賞」を受賞
出典:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000116354.html



2章 生き方


2-1. みんなのために場をつくる


静かで気を遣わない一人の時間を好む一方で、大勢で集まるなら自分から場を盛り上げたい。物心ついた頃から、そんな二つの側面を持っていたと皆川は振り返る。


「家の中では静か、外だとものすごくうるさいという子どもでしたね。別に目立ちたいとか騒ぎたいわけではなくて、ただみんなでいるなら、やっぱりみんなでワイワイ楽しみたいよねという思いがある。そのために誰もしゃべらないなら自分がやらないといけないという妙な感覚が、昔からあったのかもしれないです」


みんなのために場をつくる。そうした気質が影響したのか、小学校では児童会副会長や副委員長など、「副」のつく役割を好んで引き受けていた。一番仲のいい友人が生徒会長になったときも、自分はその隣にいた。目立つ場所に立ちたいわけではない。ただ、何も知らない外側にいるよりは、ルールを決める場の近くにいたかった。


「今でもそうなのですが、どこか決められたルールの中だけでやるということは面白くないと感じているところはあります。当時はそこまで深く考えていたわけではないですが、中学校時代とかは納得いかないルールが多かったんですね。たとえば、髪の毛を染めてはいけないとか、襟足はこうでなければいけないとか、そういった校則の意味が当時は分からなくて。だったらルールはただ守るより、つくる側の方がいいなと思うようになったのかもしれません」


幼少期、兄と


生徒会などの活動以外にも、中学時代は勉強もスポーツもそつなくこなし、部活で県大会に出場するなど楽しく順調だった。しかし、3年生の夏に交通事故に遭い、右手と鎖骨を骨折したことでほとんど勉強ができなくなってしまった。当時第一志望だった地元で1番の公立高校受験も諦めざるを得ず、深くは考えずに学校の推薦枠で最もレベルが高かった高専に入ることにした。


ところが、受験の後半から勉強ができないまま内申点で進学したので、その時点で周囲との差がついていた。国立である高専では、文部科学省の学習指導要領が適用されていない。公立高校3年分の数学を1年で学ぶなど授業はハイスピードで、早々についていけなくなった。


代わりというわけではないが、当時はセブン-イレブンでのアルバイトに充実感を見出していた。


「セブン-イレブンには直営店とフランチャイズがあるなかで、偶然そこは直営店だったので、社員の方が店長をやっていました。しかも、自分と同じ高専出身で、メーカー系で働いたあと転職して店長になったという経歴の方で、セブン-イレブンという会社のことをいろいろ教えてくれたんです」


1店舗あたりの売上高や、スーパーバイザーとして7店舗を見ながら3年後にいくらの売上を目指すのか。シフトに入っていたのは土日だけだったが、土曜の朝には発注業務を任せてもらえたりもした。顧客の動向や天候による影響も考えながら、翌日の弁当やパンなどの発注量を決めていく。見るもの聞くものすべてが新鮮な世界だった。


そうした一連の業務から、社会の構造やビジネスの形が垣間見えてきた。


「人の行動を読んだり、天気を考慮したり、新商品が出たらどうだとか、さまざまな要因を踏まえて1日の発注を決めていく。その積み重ねが1店舗の売上になり、複数店舗を持つことでフランチャイズというビジネスが成り立ち、本部がその全体を支えている。その大きな仕組みにすごく興味を持ったんですよね。『経営って面白いな』と思ったんです」


経営とは仕組みをつくり、会社全体を動かしていくことだ。挫折がなければ、知らないままだったかもしれない世界。そんな仕事がしてみたいと、心に思いが芽生えていた。


高専時代、友人と



2-2. 景色を変えつづける


高専を卒業したあとは、一般的にメーカーへ就職する人が多い。しかし、ビジネスや経営に心惹かれはじめていたこともあり、当時は3年を修了したら退学することを考えた。


ただ、エンジニアだった父は、もともと高専への進学をとても喜んでくれていた。そんな父の気持ちを軽く扱うことはできないと考えて、「1年、時間がほしい」と自分から両親に提案をした。


「高専を1年休学して、まずは将来の進路としてメーカーが合うか合わないかを確かめる。ちょうど地元エリアに期間工(工場で働く期間従業員)の募集があったので、そこで3か月間フルタイムのアルバイトをしてみようと考えて。やってみて楽しい、続けたいと思ったら、そのまま高専に復学する。もし面白いと感じなかったら、稼いだお金を使って留学に行かせてほしいという話をしたんです」


採用された工場では、ベルトコンベア上で商品が組み立てられており、そこでは足りなくなった部品を補充する仕事を任された。いかに早く、効率的に補充するかを考えたりするのは面白い。けれど、毎日変わらない景色を見ながら働くのは性に合っていなかった。


3か月間働いた末、やはり留学に行こうと結論を出し、両親に報告をする。ビジネスの道に進むなら大学へ、そして大学を受験するには、中学から苦手意識のあった英語を学び直す必要があると考えていた。将来ビジネスマンになるうえでも、英語は話せなければいけないだろうというイメージがあった。


「留学して英語を話さざるを得ない環境に飛び込めば、嫌いなものから逃げなかったということになるし、ひょっとして好きになったらラッキーでもある。やっぱり親がここまで応援してくれた学校を辞めるのは不義理だという思いがあって、そのなかでも何かやりきりたいという視点が強かったかもしれません。自分で選んだ道に進みたいなら、中途半端にせずきちんと成果を出さなければいけない。そのためには、英語をやらなければと。そこだけ思考が稚拙なのですが(笑)」



留学先は費用が安めで、楽しそうな場所を自分なりに探した結果、オーストラリア南端のタスマニア島を選んだ。小さい頃に流行った『タスマニア物語』という映画を思い出し、ピンと来たからでもあった。


「結局9か月間ぐらいオーストラリアにいて、現地ではホームステイをしていたのですが、英語のスキルはほとんど上がらなくて。元気にハキハキ単語を喋りながら、一生懸命ボディランゲージをやっていたら通じると分かってしまったのが良くなかったですね。難しい勉強をしなくても、中学校レベルの単語と文法だけ分かっていれば、楽しく生きていくことはできるんだと気づいてしまったんです」


英語能力は置いておくにしても、9か月間の滞在が充実していたことは確かだ。それまで全く知らなかった世界に肌で触れ、面白かった。


帰国後は受験勉強を経て、「経営が学べる」という軸で選んだ大学へと進学した。大学時代は特別な出来事があったというより、ただ友人と日々を楽しみながら、時間があればあちこち旅行へ行っていた。


「同じ場所にいると、同じ文化や環境にしか触れられないじゃないですか。留学に行ったときもそうでしたが、海外に行くと全くもって触れたことのない世界と出会ったりする。やっぱり一気に視野が広がるんですよね。日本は世界の中の一つの国でしかないし、文化もそれぞれ全く違う。いろいろな国の人たちと接することが面白いと思ってからは、知らない世界に触れつづけたいと思うようになりました」


知らない環境に飛び込み、目にする景色を変えつづける。そこから自分の世界は、思いもよらないほど広がっていく。自分らしい生き方の軸が、見えはじめていた。


大学時代、友人と旅したグアムにて



2-3. 心動く方へ


就職活動では、中小から大企業まで興味の赴くまま幅広く選考を受けた。会社選びの軸について考えていると、ふとあるCMが頭に浮かんできた。


「今でも覚えているCMが一つあるのですが、金融系の会社のCMで、小さな子どもを駅まで迎えに行く親がいる。駅の風景はずっと変わらなくて、自分たちだけが歳を取っていく様子が描かれていて。そんな風に同じ景色を見つづけることが僕の中で我慢できるのかという問いになったんです。当時は今ほど転職が当たり前ではなかったですし、本当に一つの場所に30年くらい住むのかと。でも、大企業なら転勤があるから面白いだろうと思ったんです」


魅力的な中小企業からも内定をもらっていたが、最終的にはKDDIへと入社することにした。


「2005年当時は、携帯といえばガラケーだった時代です。やっと携帯でインターネットができるようになったぐらいの頃だったのですが、水道・電気・ガスというインフラの中に、これからは通信が入って世の中を変えていくんだろうなと。今後、日本全体の生活を便利にするものは通信だと思ったんですよね」


当時のKDDIには分厚いパンフレットがあった。いつかはそこに載るようなサービスを作りたい。そんな思いを抱きつつ、入社後はまず販売の現場を学ぶべく、営業への配属を希望した。埼玉県の固定回線部門や、本社部門を経て、4年目からは海外トレーニー制度に応募して、経済成長の熱気高まる中国へと派遣された。


海外の現地法人は国内よりはるかに組織規模が小さいため、法人営業から現地で雇用するスタッフとの面談や給与管理まで、とにかく業務が幅広い。仕事としては大変さもあるものの、会社全体を見ながら働く経験は新鮮だった。2年間の海外生活を経て、帰国後は新規事業系の部門へ配属された。


「社内でも部署が変わると結構やっていることが違うので、それが面白いなと思っていましたね。当時は3年ごとに異動するイメージで、意図的に動きつづけていました」


KDDI時代、中国での同僚たちと


帰国した2011年は、KDDI内でコーポレートベンチャーキャピタルと、事業共創プラットフォーム「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」が始動した年だった。ちょうど日本全体でも「スタートアップ」という概念が広まりつつあった。大企業がそのアセットを活用し、若い起業家たちを支援する。ベンチャー育成プログラムのような仕組みや、その場で多種多様なアイデアをプレゼンする起業家たちの存在を知ったことは、大きな転機になった。


なかでも当時、ARスポーツ「HADO」を開発した株式会社meleapを担当したことで、鮮烈な印象を受けた。


「創業者の福田さんは東大卒、リクルート出身なのですが、『ARという技術が出てきて、かめはめ波を打てると思った』と言って、来たんですよ。それまで働くなかで、東大に入るような人たちの能力やポテンシャルの高さを心の底からすごいと思っていたので、そこから一流企業に入って辞める理由が『かめはめ波を打ちたい』って、最初は意味が分からなくて(笑)。でも、彼が『世界大会をやりたいんです』と真剣に語るのを聞いたとき、こういう人たちが日本を元気にするんだなと実感したんです」


自分が想像するより、はるかにスケールの大きな世界がそこにはあった。セブン-イレブンのビジネスを知った時と同様に、自分の常識外で起きていることを見聞きする瞬間は、何より心が動くものだった。


「3~4年くらいその部署にいるなかで、育成プログラムを卒業した方々とは定期的にコンタクトを取っていました。そのなかでCBcloudの代表の松本さんから、『取締役として来てくれないか』と誘ってもらったんです。チャレンジできるチャンスというのも、なかなかないですし、スタートアップを支援するなかで取締役という役職の重みも実感していたので、すごく覚悟を持って言ってくれているなと感じて。そうやっていろいろなことを突き合せて考えた結果、転職を決意しました」


心を動かされたスタートアップの世界に、今度は自分が飛び込んでみる。尊敬する人たちの挑戦に立ち会えることの喜びを噛みしめながら、支えたいと考えていた。




2-4. 物流を支えることは、日本を支えること


ジョインした当初のCBcloudは、資金調達をしてシリーズAが終わり、これからまさに人を増やして組織をつくっていこうとするフェーズにあった。取締役CSO(Chief Strategy Officer)という肩書きで入ってからは、チーム合宿から売れる仕組みづくり、事業アライアンスや資金調達の相手探しまで、必要なことを都度拾いながら3年ほど奔走した。


「スタートアップが事業を大きくする過程においては、大企業の力をうまく活用して成長するのがいいと思っていましたし、自分のバックグラウンドを活かせるという意味でも資本提携や業務提携は積極的に進めていました。物流業界の中でもプラットフォームという立ち位置になるために、ソフトバンク様・佐川急便様や日本郵便様* 、JR東日本様* から出資を受ける形にできたことは良かったかなと思っています(*正確には、CVCである日本郵政キャピタル様、JR東日本スタートアップ様)


さまざまな企業との接点が増えるにつれ、物流・運送業界の実態がより鮮明に見えてきた。なくては困る業界が、崩壊の危機に瀕している。業界の平均年齢は上がりつづけ、なり手が減るなかで、このままでは荷物が運べなくなる未来も見えている。そう思うほど、物流という仕事の社会的な重さが自分事になっていった。


「改めて物を運んでもらえるって、すごく大事なことだと思ったんですよね。この人たちがいなければ生活できないにもかかわらず、業界でよく言われていたのですが、働く時間が2割長くて、給与は2割低いという統計が出ていたんです。自分ができないことをやってくださる方々がいて、その世間的評価が妥当ではない。そこに違和感があるなかで、自分たちができることはなんだろうとか、テクノロジーの力で企業としてできることはなんだろうと、より強く考えるようになっていきました」



「2024年問題」が目前に迫っていた当時、物流業界の未来を見据えると、ベンチャー・スタートアップのアイデアやスピードだけではなく、人・モノ・金のリソースを持つ大企業を束ねていくことが必要なのではないかと考え、一時KDDIへの出戻りを経て、2022年からはトラボックスへと入社した。


主に宅配など小回りの利く軽貨物運送を担う個人事業主を主眼としていたCBcloud時代から、より大規模・長距離の一般貨物運送を担うトラック運送会社に向けてサービスを提供するトラボックスで、より深く業界の課題に向き合っていきたいと考えた。


「個人事業主の方には、比較的新しい仕組みや変化を受け入れてもらいやすかったのに対し、一般貨物の世界では経営者の方々を相手にすることになる。突然現れたベンチャーで、しかもトラックで荷物を運んだ経験もない人間が『あなたたちの業態を良くします』と言ったところで、なかなか受け入れられづらいのではないかと思ったんです。トラボックスは2000年に創業していて、中小の運送会社様の中でも一定会社の名前が知られていて信用がある。そのうえでVisionalグループに参画し、これからさらに可能性を広げていくフェーズにあって、可能性を感じていました」


当初、社長室や事業部長などを経て、2023年5月からは代表取締役に就任した。


重要な責務を引き継ぐにあたっては、かつて中国に駐在していた頃のことが頭に浮かんだ。2009年、現地の物流はほとんど整備されていなかった。しかし、5~6年後に再び中国を訪れたとき、ECは全盛になっており、日本でもまだ浸透していなかったキャッシュレス決済がすっかり人々の生活に根を張っていた。


急速に成長する国を目の当たりにして以来、世界的な変化の潮流の中で日本のさらなる成長を後押ししたいと強く考えるようになった。自分にできることは、物流の側面から日本を支えることだった。


「2030年に日本の34%の荷物が運べなくなると言われていますが、これを通信キャリアに置き換えると、1日8時間インターネットが使えないことになる。それで生きていけないわけではないけれど、個人の感情として嫌じゃないですか。日本の強みである製造業においても、それを支えている物流のコスト高騰は致命的になる。だからこそ、日本を支えるインフラである物流の未来を変えなければいけないと強く思っています」


国の未来を左右する物流業界をより良く変えるため、まだまだできることがあるはずだ。歴史と新しさを持つトラボックスで、信念を形にしていくことにした。




3章 問いつづける力


3-1. 景色を変えても、変えない姿勢


人生をあとから振り返ったとき、そこに一本の軸が見えてくることがある。なかでも、大切にしている問いがあると皆川は語る。


「『目的は何か』を常に考えた方がいいと思っています。目的に常に立ち返りながら、達成するためにどうすればいいのか、その目的が本質的には何のためなのかを問いつづけることが大切だと思うんです」


たとえば、海外留学に行く目的が「英語を学ぶこと」だったなら、高専時代の留学は失敗だったことになる。しかし本質的な目的は、ビジネスマンとして働くうえで必要になる力をつけることだった。


現地での生活を経て、世の中を広く見る視野を獲得したことは、その後の人生でも大きな助けになった。その意味においては、留学は成功だったと皆川は振り返る。


目的は、絶対に変えてはいけないわけではない。むしろ、自身を取り巻く環境は変わりつづけるからこそ、表面上の目的は変わっていくことがある。予期せぬ変化が当たり前でもある時代、少なくともその目的を設定した本質だけは見失わないようにすることが大切になる。


「環境が変わったとき、環境に流されて自分のやることを変えてしまうと、気づいたときには目的がずれてしまっていることがある。でも、『あの島に行きたい』という目的が決まっていれば、勝手に潮に流されていたとしても気づくことができる。物流における『モノが届かなくなる』も同じで、結局見かけ上は『回っている』と言えば『回っている』。でも、今ここで何も手を加えなければ、気づいたときには古い仕組みのままどうにもできなくなっているかもしれない。だからこそ、今動かなければいけないと考えています」


目指す島さえ決まっていれば、人はいつでも動き出せる。景色を変えつづけるなかでも、目的の本質は失わない。問いつづけることこそが、自分を導く指針となっていくのだろう。




2026.5.28

文・引田有佳/Focus On編集部





編集後記


景色を変えつづけることは、人に世界の広さを教えてくれる。見る場所が変わるたび、それまで当たり前だと思っていたものの輪郭が浮かび上がり、もっと広い世界があることを知ることがある。


それは単なる物理的な移動の話ではない。自分が何に心を動かされるのかを確かめる、繰り返しの行為だ。そしていつしか、動くべき方向が見えてくる。知らない景色に踏み出すたびに、人は過去の常識から少しずつ自由になれるのではないだろうか。


トラボックスが変えようとしている景色は、荷物が届かなくなるという未来だ。届きつづける社会を描くため、物流の仕組みを問い直しつづける。同社の歩みは、今を終着点にせず、これからも続いていく。


文・Focus On編集部



▼コラム|2026.5.29 公開予定

私のきっかけ ― 「動機善なりや、私心なかりしか」稲盛和夫




トラボックス株式会社 皆川拓也

代表取締役社長

2005年日本大学法学部卒業後、KDDI株式会社に入社。コンシューマ向け固定回線販売、ISPとの拡販連携ののちに2014年より新規事業部門にてスタートアップ支援プログラム「KDDI ∞ Labo」の企画・運営を統括。2018年よりCBcloud株式会社に取締役として参画後、軽貨物配送業界の変革を進めるため様々な業種の企業とのアライアンスを実現、その後KDDIを経て2022年トラボックス株式会社入社後、事業部長などを歴任し、2023年5月より現職に就任。

https://www.trabox.co.jp/


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